佐々木勇気五段(現六段)に敗れて連勝は29でストップした藤井聡太四段(右)=7月2日午後9時43分、東京都渋谷区の将棋会館 (c)朝日新聞社
佐々木勇気五段(現六段)に敗れて連勝は29でストップした藤井聡太四段(右)=7月2日午後9時43分、東京都渋谷区の将棋会館 (c)朝日新聞社
第2期電王戦終了後、笑顔で記者会見に臨む「PONANZA」開発者の山本一成さん(中央)と佐藤天彦名人(右)=5月20日、兵庫県姫路市 (c)朝日新聞社
第2期電王戦終了後、笑顔で記者会見に臨む「PONANZA」開発者の山本一成さん(中央)と佐藤天彦名人(右)=5月20日、兵庫県姫路市 (c)朝日新聞社

 7月2日。東京都議選で自民党が惨敗を喫することになるその日、将棋界は長い一日を迎えていた。藤井聡太四段の30連勝をかけた一戦。コンピューター将棋が名人を負かし、不正疑惑にも揺れた将棋界は、新たな天才の登場を固唾をのんで見守った──。

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「29連勝。脱帽です」

 将棋界の人気者の一人である佐藤紳哉七段が、満を持していたかのように、さっとカツラを脱いでみせた。やや薄くなった頭部には、黒字で大きく「29」と記されている。

 2017年6月26日。将棋界の若き天才、藤井聡太四段(14)が、史上最多記録の、29連勝を達成した瞬間のパフォーマンスだった。

「諸君、脱帽したまえ。天才だ」

 若き作曲家、フレデリック・ショパンの楽曲を評して、ロベルト・シューマンは、そう絶賛した。ある分野に、一人の天才が現れ、まばゆいばかりの未来が予感される。そうした歴史的な場面に立ち会う高揚感に、いま将棋界全体が包まれている。

 7月2日。テレビの報道番組は終日、東京都議選の投開票の状況とともに、「藤井四段30連勝なるか」というニュースを、詳細に伝え続けた。東京・将棋会館のある千駄ケ谷上空を、マスコミのヘリコプターが旋回する。空前のフィーバーは、ひとつの頂点に達していた。

●史上最高のルーキー登場 「将棋界は斜陽産業」

 藤井の対戦相手となったのは佐々木勇気五段(22、現六段)。史上6位(16歳1カ月)の若さで四段に昇段し、16年度の最多対局賞を受賞するなど、将棋界の将来を担うと期待される英才の一人である。結果は大熱戦の末に、佐々木の勝利。テレビ中継は都知事・小池百合子の記者会見から、ついに連勝がストップした藤井が淡々と敗戦のコメントを述べる場面へと切り替えられた。

 前述の「脱帽したまえ」という有名な言葉は、渡辺明(現竜王)が登場した際に、河口俊彦八段(故人)が引いたものである。古くは加藤一二三、近年では谷川浩司、羽生善治、渡辺明といった早熟の天才の登場に、ファンは喝采を送った。もちろん、藤井聡太も、その系譜に連なる者の一人である。10年、あるいは20年といったスパンで、周期的に現れる天才の存在によって、同時代の競技者の技量も引き上げられる。そしてライバルが激しく争うことにより、盤上だけではなく、盤外を含めた棋界全体が活気を帯びていく。天才の登場を、将棋界は常に歓迎してきた。そしてさらに、いまという時代において、藤井の存在は、特別な意味を持つものとも捉えられている。

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松本博文

松本博文

フリーの将棋ライター。東京大学将棋部OB。主な著書に『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)など。

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