●利用頻度の高い人ほど

 業績への影響は異物混入のほうがはるかに大きく、売り上げは一時、前年同期比40%減まで落ち込んだ。カサノバの記者会見が業績回復を遅らせた、と指摘する専門家もいるが、

「そんな単純なことではない」

 と下平は言う。

 マクドナルドは11年に過去最高益を達成。しかし、12年以降はゆるやかに業績が下降していた。店舗や人材に投資が回らず、顧客の高まる期待に応えられなかったからだ、とは下平の弁。二つの事件は、単なる引き金にすぎなかった。

 下平によると、来店しなくなっていたのは、利用頻度の高い、いわゆるロイヤルティーの高い顧客。そして、その理由は
「店舗が汚い」「店員の笑顔がない」だったのだ。

「清掃に関する厳しい基準もあり、他店に負けているとは思っていなかった。ただ、自分たちの基準にこだわりすぎて、お客さまの期待との間にギャップが生まれていた」(下平)

 このギャップを埋めるツールとして15年4月に導入したのが、顧客自らが店を評価できるアプリ「KODO」だ。店内の清掃状況や接客態度などに点数を付け、コメントもできる。評価を送信するとポテトなどの無料券が受け取れる。15年の導入後、寄せられた声は600万件を超えた。

 実際の店舗の変化は、顧客からの声は多くの店舗で、店内やクルーの待機室に貼り出されている。はじめは厳しい声もあったが、クルーの名前を挙げて「接客態度がいい」とほめるコメントが寄せられることも出てきた。

 その後、カサノバが全国を回り、「タウンミーティングwihtママ」を開いたことはすでに述べたが、このミーティングが進むうち下平たちは、「自分たちが発信する情報よりも、口コミや第三者の発信のほうが信じてもらいやすい」という実感を強めていく。

 15年5月には発信力のあるお母さんの協力を得て、工場への視察や、店舗への抜き打ち検査に同行を依頼した。見る人の目線の先を撮影できる小型カメラを装着してもらい、その動画も前出の「見える、マクドナルド品質」で公開した。

 これでもか、と食の透明性を高めることを追求していた山本だが、ハッとさせられたのはある母親からのこんな声。

「食べておいしいと思えるものなら、信頼できる」

 安全性を声高に訴えるだけでなく、「おいしさ」という原点に立ち返りたい。危機への対応に忙殺される時期を経て、コーヒーのリニューアルや人気メニューの復活、新メニュー開発などがここから再び進められていく。品質の透明性を伝えるポスターにも、シズル感を重視するようになった。

●工場見学プログラム

 小山の部署でも、改革は始まっていた。外部有識者会議で「システムを過信していたのではないか」と指摘されたことを受け、改めて危機管理体制を強化。異物混入だけでなく、災害など考えうるすべてのリスクをランク付けし、誰がどう判断し、対応に動くのかを体系づけた。

 さらに、クルーやオーナーが顧客からの質問に答えられるよう、協力工場を見学するプログラム「そうだ!工場へ行こう!プログラム」もスタート。

 V字回復に向かっていった。

(文中敬称略)

(編集部・市岡ひかり

AERA 2017年7月3日号

暮らしとモノ班 for promotion
【Amazonブラックフライデー】先行セール開催中(28日23:59まで)。目玉商品50選、お得なキャンペーンも!