なぜ、こうした不正を見抜けなかったのか。新日本監査法人の片倉正美シニアパートナーは、「以前は提供された情報を会計基準に照らし合わせ監査するのが役割で、不正を見抜くことが仕事ではないという業界全体の風潮があり、世間の期待とのギャップが存在していた」と指摘した上で、こう話した。
「東芝には70人体制で監査を行っていました。規模が大きく、ビジネスが複雑であり、長期的に見る人が必要。ただ、チームが固定化し、慣れが生じていた部分があった。東芝の説明は整合性のとれたもので、こうした名門企業が不適切なことをするとは思わなかった」
●プライド高い経理部
さらには、こう話す新日本監査法人の関係者もいる。
「監査はコストという認識の会社がまだまだ多い。余計なことを言わず、監査報告書を出せと。なかでも東芝は『なぜここまで調べるのか?』などと、監査チームへの当たりが強かった」
元新日本監査法人の会計士のAさんはこう続ける。
「東芝の経理はプライドが高く、優秀な人が多い。会計士なんて圧倒的に見下している。特に若手会計士などは、試験に受かっただけで、事業のことはわからない。東芝のような複雑なビジネスをしている会社に資料を求めても、相手にされない」
会計士にとって、一義的な窓口は経理部となるが、ビジネスが複雑なため、経理部がすべてを回答できるわけではない。そのため、事業部の部長などに確認する必要も出てくるが、
「どうして必要なのか。なぜ、これまでは指摘しなかったのかなどと逆に問い詰められ、経理部の時点で諦めるケースも多い。新たな提案など、前例のないことには耳をかさない」(Aさん)
こうした対応は東芝に限ったことではないが、東芝の厳しさを表す言葉がある。会計用語で日本の会計基準をJGAAP(ジェイギャップ)と呼び、米国会計基準はUSGAAP(ユーエスギャップ)という。これに加え、ある会計士によれば、新日本監査法人内では、東芝を意味するTGAAP(ティーギャップ)という言葉が一部で使われているという。
●東芝は出世コース
新日本監査法人の固有の問題もある。東芝を担当することは、同法人では「プライオリティー・アカウント」と呼ばれる出世コース。「新日本のなかでもひときわ優秀な会計士が集まる」(関係者)が、東芝がクライアントであることに違いはない。先の片倉シニアパートナーは、こう話す。
「大企業の担当を外れると出世できないんじゃないか。そのため、見て見ないふりをする部分が出てくる可能性もある。東芝事件後は組織として対応している」