「中国のネット世論が大手メディアを動かす、ということも現実に起きているのです」
特定の政治的意図に基づく情報に流されない、冷静、客観的な理解が日中双方を利する、と伊佐氏は強調する。
●防衛省予算は過去最高
日本側の中国に対する印象は、尖閣諸島の領有権問題が影を落としている。前出の岡田氏はこう説明する。
「中国艦が尖閣接続水域に入ったり、中国公船と漁船が押し寄せたり、南シナ海での米中確執が大々的に報じられたことが影響していると思います」
岡田氏は8月の「中国公船、漁船の大挙侵入」を例に挙げ、日本メディアの「尖閣報道」に警鐘を鳴らす。
中国の不審な行動の「謎解き」を一斉に始めた日本メディアは「南シナ海の領有権をめぐる常設仲裁裁判所の判決に対し、日本が従うよう求めたことへの反発」「南沙問題から関心をそらす狙い」などと見立てた。これに岡田氏は疑問を投じる。
「『仲裁裁定に対する日本の対応への反発』や『対日緊張をあおって党内結束を図る』という目的を中国は達成できたのかについて検証報道はなく、説得力はありません」
中国側は「漁解禁に伴い、いつもより大量の漁船が出漁し、これを監視するため公船も多く出た。日本側は騒ぎすぎ」と説明した。
「こうした北京の見方を丁寧に伝え、『大騒ぎ』することの是非を論じる報道があってしかるべきです」(岡田氏)
防衛省は8月末、17年度予算案の概算要求として今年度当初予算比2.3%増の5兆円超の過去最高額を発表。国内から異論はほとんど上がらなかった。
岡田氏は訴える。
「眼鏡をかけ替えてみれば、『中国の脅威をあおる安倍政権が、安保法制の実行を急ぐため公船侵入を政治利用したのではないか』という全く別の風景が浮かびます」
●ナショナリズムの誘惑
国民感情が先鋭化しやすいのが領土問題だ。
日中共同世論調査では、領土問題をどう解決するかについて、中国側は「領土を守るため、中国側の実質的なコントロールを強化すべき」との回答が最も多く、62.1%に上った。
中国世論の強硬姿勢は何に起因するのか。一つは「教育」だと東京大学大学院法学政治学研究科の高原明生教授は指摘する。
「中国は近代以降、外国から抑えつけられてきた国なんだという歴史教育をしています。大国として発展を遂げた今、自分たちが見返す番だと考える人が多いのもうなずけます」
もう一つは、政治体制に由来する。中国国内の秩序は「共産党の抜きんでた力」によって支えられている。このため、実質的な一党支配体制の正当性をどこに求めるかという問題に常に直面している。
「経済成長の減速が深刻化している現在、中国指導部はいよいよナショナリズムに頼る誘惑に迫られていると思います」(高原教授)。仮想敵を外にもうけ、内政基盤強化にナショナリズムを利用する傾向は、習近平政権下で一層顕著だという。
一方、岡田氏は中国側の回答について、「力による解決」が突出しているように見えるが、そうではない、と唱える。
「外交交渉を通じて日本に領土問題の存在を認めさせるべき」(51.2%)と「両国間ですみやかに交渉をし、平和的解決を目指すべき」(46.2%)を合わせれば、「交渉による解決」を求める回答が最も多い、との見方もできる。
岡田氏は言う。