富士写真フイルムのTX-1(左)と共同開発されたハッセルブラッドXPAN。35ミリフィルムの2コマ分を使うことでシャープなフルパノラマ撮影を可能にした。手前は世界最薄9.8ミリで510万画素の高画質、ソニー サイバーショットDSC-T7
富士写真フイルムのTX-1(左)と共同開発されたハッセルブラッドXPAN。35ミリフィルムの2コマ分を使うことでシャープなフルパノラマ撮影を可能にした。手前は世界最薄9.8ミリで510万画素の高画質、ソニー サイバーショットDSC-T7
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イタリア・シチリア島の町並み、さらに海を遠景に手前はローマ帝国時代の競技場跡。縦位置でパノラマ撮影することによって、迫力ある画面となった
イタリア・シチリア島の町並み、さらに海を遠景に手前はローマ帝国時代の競技場跡。縦位置でパノラマ撮影することによって、迫力ある画面となった
スイスのダボス会議に出席したとき、移動のヘリコプターから撮影。ガラス越しの空撮とは思えないほど、雪の質感や雪面の陰影が繊細に描写されている
スイスのダボス会議に出席したとき、移動のヘリコプターから撮影。ガラス越しの空撮とは思えないほど、雪の質感や雪面の陰影が繊細に描写されている
ギリシャ・エーゲ海の島でのスナップ。地中海特有の白い石畳をおおう強い日差しと影のコントラスト、鮮やかな色の花が猫の目線というローアングルでとらえられている
ギリシャ・エーゲ海の島でのスナップ。地中海特有の白い石畳をおおう強い日差しと影のコントラスト、鮮やかな色の花が猫の目線というローアングルでとらえられている
スイスでの零下20度の世界。樹氷と雪、川から立ち上る湯気の質感など、TX-1の描写力が見事に生かされている。撮影で手に凍傷を負ったという出井さんにとっても思い出深い一枚である
スイスでの零下20度の世界。樹氷と雪、川から立ち上る湯気の質感など、TX-1の描写力が見事に生かされている。撮影で手に凍傷を負ったという出井さんにとっても思い出深い一枚である
スウェーデン・ストックホルムで白夜の季節に行われる「海のフェスティバル」のにぎわい。ワイドな画面でも遠近感がよく出ている。パノラマ撮影では、つねに水平に気をつけていると出井さんは言う
スウェーデン・ストックホルムで白夜の季節に行われる「海のフェスティバル」のにぎわい。ワイドな画面でも遠近感がよく出ている。パノラマ撮影では、つねに水平に気をつけていると出井さんは言う

――パノラマカメラを選んだ理由はなんですか

 こういう立場(企業の責任者)にいると、ゆっくり写真を撮る時間はありません。すばらしい景色に出合っても、構図を変えて何枚も撮ることなどできない。だから、広角レンズで風景を一発で撮れれば便利かなと思いました。

 TX-1は標準サイズとの切り替えができ、パノラマ撮影では35ミリ判フォーマットで2コマ分撮れ、30ミリレンズだと15ミリの超ワイドになる。最近はテレビ画面もワイドになっているし、シネマスコープサイズに慣れているから、24×36ミリのライカ判に抵抗を感じるんですね。ぼくはパノラマのほうが撮りやすい。人間の視野に近いためか、構図を決めやすいんです。TX-1に出合ってから写真を撮るのが楽しくなりました。

 レンズの性能もよく、ディテールが出るので引き伸ばしてプリントするときれいです。スイスのダボス会議(世界経済フォーラム年次総会)に出席したとき、ヘリコプターのいちばん前の席でスイスの雪山を撮りましたが、雪面の陰影や雪におおわれた山脈がきれいに出ました。旅にはちょっと重いし、倍撮れるぶん、フィルムをたくさん持っていかなくてはいけないけど、すばらしい景色に出合うと、TX-1を持ってきてよかったと実感します。

――メーカーの視点からも、よいカメラだと

 ぼくはハード自体が好きなんです。カメラをはじめとして製品を見ていると、企画した人の気持ちが伝わってきます。TX-1は外観は古いカメラに見えますが、中には最新のテクノロジーがつまっていて写真が好きな人が作ったんだなあとわかる。よい意味で変わり者なんだろうと思いますよ。この時代にこんな重いカメラを作るなんて。(笑)

――フジTX-1と、兄弟機のハッセルブラッドXPANの2台を持ってますね

 TX-1は発売(1998年)されてすぐに購入しました。その後、ハッセルブラッドと共同開発だったことを知り、XPANをスイスで手に入れました。TX-1はずっと使っていたので傷だらけですが、特別に2台を使い分けることはありません。まあ、先に見つけたほうを持っていきますね(笑)。レンズは30ミリ、45ミリ、90ミリと共通で使い回しています。気に入っているのは、やはりパノラマの特徴であるワイドが生かせる30ミリ。

 ふだんは自社のコンパクトデジタルカメラ、サイバーショットDSC-T7を携行しています。デジカメで撮った写真はパソコンの壁紙にしたり、デジタルアルバムに保管してメールチェックする前に、ついつい眺めたりと楽しんでいます。両方を使って思うことは、便利さと不便さということですね。銀塩カメラに便利さを求めると、軽い製品になってしまう。不便さこそが、銀塩のよさだと思います。

――銀塩とデジタルカメラの性能の違いはどう思いますか

 銀塩カメラのいちばんよいところは、コントラストがはっきりしていることです。デジタルカメラのメーカーがこんなことを言ってはいけないかもしれませんが、逆光下での撮影や大きなプリントで比較すると銀塩カメラのよさが際立つ。それは言い換えれば、デジタルカメラには進歩する余地があるということです。ぼくが銀塩カメラから離れられないのは社内でも知られているから、開発会議のたびに「銀塩カメラのコントラストにもっと追いつけ」と言っています。銀塩のコントラストを開発の目標にしている。さらに、デジタルは銀塩ではできないものをやらなくてはだめなんです。手ブレを完璧に抑えるとかね。性能はまだ銀塩のほうが上だけど、それを抜く。いまに見ていろという気持ちですね。

 デジタルカメラは、カメラ産業を変えたといえます。ソニーだけで今年1500万台、世界的に見ると7千万台以上が販売されている。昔はカメラ・写真業界は特殊な産業でしたが、ずいぶんと変わってきました。DPE店では、メモリーを持参して自分でプリント注文の操作ができ、自宅にはプリンター機器が置かれるようになった。ぼくも家でプリントしてますよ。夜、芋焼酎を飲みながら、「放課後の楽しみ」として。(笑)

――大学時代は写真部ですね

 早稲田は社会派だったから、女性のポートレートなんか撮らなかったなあ(笑)。街に出て、テーマを見つけては組写真で発表していました。写真展をしたり、みんなで批評し合ったり、楽しかったですね。日経新聞に何回か載ったことがあって、写真の道に進むか別の世界を選ぶか考えたけど、3年のとき写真部の部長になれと言われて、これはたまらないと思って退部しました。

 最初のカメラは中学生のとき、オリンパスの小さなカメラでした。その後はペンタックスも使ったけど、ニコンMなどずっとニコン党でした。後にキヤノンとソニーがカメラで競争するとは意識していなかったけどね。(笑)

――カメラとはどんな存在ですか

 ぼくは小中学校で音楽(バイオリン)をやっていて、高校、大学では写真、それ以降はビジネスの世界にいます。オンとオフの時間があるけど、カメラは仕事を離れたオフの大切なアイテム。カメラを持つと、自分にとっての「場」が設定できる。写真を撮るという気持ちがあると目線がキョロキョロしないんです。街の見方が一定してくる。最近の流行語でいえば、立ち位置が決まるということです。充実した時間を過ごせます。

※このインタビューは「アサヒカメラ 2005年8月号」に掲載されたものです