「地位協定16条には『日本国の法令を尊重』と書かれていて、『従う』義務はないそうです。日本政府もそれを許しました」(フィッシャーさん)

 米軍犯罪被害者救援センター沖縄の代表世話人、池宮城紀夫弁護士は言う。

「地位協定によって特権を与えられた米兵や軍属は、基地の外で事件を起こしても基地に逃げ込めばいい、本国に帰ればいいと、犯罪を軽く考えています」

 地位協定には、罪を犯した米軍関係者に対する捜査や裁判権を制約する内容が含まれていて、彼らが起訴される割合は日本人と比べて低い。53年には、在日米軍の裁判権について、「重要な案件以外、日本側は放棄する」との密約を日米政府が交わしていたことも08年に判明している。

「正しく裁かれず、賠償額もとても少なく、被害者はいつも泣き寝入りです。沖縄の人たちは基地による被害と地位協定、この二つの壁に苦しめられているんです」(池宮城弁護士)

 フィッシャーさんは泣き寝入りしなかった。レイプ犯の居場所を自分で突き止めて、アメリカで裁判を起こした。ようやく13年に、加害者の供述調書の中で、米軍がレイプ犯に帰国を命じていたことが明らかになった。日本の裁判を米軍が妨害したのだ。

 フィッシャーさんが事件後、PTSDや摂食障害に苦しみながらも闘い続けた時間は12年にも及ぶ。その理由を尋ねると、「一人の人間に対する不正義はすべての人への不正義。沖縄で米軍関係者による性暴力の被害が続いていると知って、もう二度と被害者を出したくないと思ったから」と答えた。

●赤ちゃんさえ被害者に

 戦後から現在まで沖縄で起きた米軍関係者による性暴力は、判明しているだけで300件以上にのぼる。「基地・軍隊を許さない行動する女たちの会」がまとめた資料を見ると、戦後数年は連日のように女性たちがレイプされ、ときには命も落とした。性病のリスクが低いからと若い女性が狙われやすく、10歳にも満たない少女が襲われ、中には9カ月の赤ちゃんが強姦された事件もあった。55年には6歳の女の子が何度もレイプされた後に殺され、捨てられた。被害を受けても沈黙している人も多く、実態はわからない。

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