中国人監督の張芸謀(チャンイーモウ)の 最新作「妻への家路」(原題:「帰来(コイライ)」)が3月から公開されている。そこに描かれているのは、変わらない中国人の家族観だ。
本作は、手書きの看板を手に、毎月同じ日に、駅に立って夫の帰りを待つ妻の物語である。夫は共産党政府に批判的な言動で労働改造所に送り込まれ、10年以上も戻らない。その間、妻の中で何かが壊れた。
主人公の夫婦は、二大名優の競演とも言える陳道明(チェン・ダオミン)と鞏俐(コン・リー)のコンビ。特に鞏俐の演技が圧巻である。心因性の記憶障害にかかり、目の前の夫が、夫であると認識できない。けなげさと頑固さを両立させる演技には「円熟」との評価がふさわしい。
私のような1980年代に中国語を学んだ人間にとって、張芸謀は改革開放後の新しい中国を象徴する人物だった。「紅いコーリャン」「秋菊の物語」や「活きる」には当時の中国のすべてが詰まっていた。監督自身、これらの作品がいちばん好きだという。
その後、張芸謀は「大師(大物)」とあがめられ、撮る作品も次第に大型化した。中国は映画ブームに沸き、資金は潤沢に手に入る。手がけた「HERO」などの作品は、仕掛けは大きいが映画史に残る作品ではなかった。
北京五輪でも大役を引き受け、共産党ともうまく付き合う文化人のイメージが固定化し、中国内で「張芸謀は終わった」の声がささやかれた。本作はそんな見方を粉砕する作品となった。中国で文芸映画としては過去最高と言われる3億人民元(約60億円)の売り上げを記録した。
「中国は豊かになり、社会の価値観が多元化しました。しかし、家族の絆は相変わらず強い。この作品がテーマとした家族の問題に若い人も興味を持ってくれた。中国人の家族観が本質的には何も変わっていない証明です」(張芸謀)
※AERA 2015年3月23日号より抜粋