私は、大学の研究所に勤めている。文化系の職場なので、出勤時間はうるさくない。のんびり、昼ごろ出かけることも、よくある。
大きな声では言いにくいが、ピアノの練習は、その出勤前にしばしばやっている。朝の、比較的頭が回る時間を、ピアノにあてているのである。
その練習中に、宅配便の届けられることが、ままある。この間も、そうだった。玄関のチャイムがなり、
「こんにちは、宅配便です」
という声がする。私はピアノの手を休め、玄関口へおもむいた。ドアを開け、届けられた荷物を受け取ったのである。
配達係のお兄さんとも、てきとうに言葉は交わす。いい天気ですね、暑いのにごくろうさん、等々と。すると、お兄さんは、私の顔を見ながら、こうたずねてきた。
「ピアノを弾かれるんですね。プロの方なんですね。」
率直に書くが、あまり耳のいい人ではないようだ。私の練習振りがプロのように響くのだとしたら、たいした鑑賞力はない。
とはいえ、私は朝からピアノに向かっていた。ふつうのサラリーマンなら、そんな時間帯に、ピアノの指ならしをすることなどありえない。私のことが、ピアノ関係の業界人としてうつったのも、そのせいだろう。
おまけに、私が弾いていたのは、ジャズのアドリブで使うフレーズである。クラシックのハノンなどではない。だから、音楽の先生らしくは、響かなかったろう。夜のナイトクラブで仕事をするおっさんとしてとらえられてしまった。その可能性はあったと思う。
同じような話をもう一つしておこう。春の三月、税金を納める確定申告で、最寄りの税務署へ出かけた時のことである。担当者と語り合っている私の前に、ひとりの中年女性が着席した。そして、彼女は私の顔を眺めつつ、こう語りかけてくる。
「あ、どこかで見かけた人や」
テレビに時々出るので、そのことかなと、初めは考えた。だが、そうではない。彼女は、次のように言葉を続けたのである。
「あの、ピアノを弾く人ですよね」
そう言えば、私は京都近辺の会場で、ときどきミニ・リサイタルをやっている。素人のお遊びだが、ステージ活動にも、力をさいてきた。そして、くだんの女性も、そんな私の演奏光景を、どこかで見ていたのだろう。さらに、そのピアニストが、確定申告に来ていると判断した。
彼女も、やはりあまりいい耳をもってはいない。音楽の通なら、私の演奏も、すぐ素人のそれだと見抜けたはずである。だが、彼女には、それがわからない。私のことも、ついつい「ピアノを弾く人」だと、思いこんでしまう。
しかし、税務署にきたおばさんや宅配のお兄さんをごまかす技量くらいは、私にもあった。その水準ぐらいには達していたのだと、やはりうぬぼれたくなってくる。どうやら、今回の私は、ただの自慢誌を書いているようである。
ついでに書くが、筑摩書房に松田哲夫という編集者がいる。よく売れる本をしばしば手がけてきたことで、知られる名編集者である。私も、何度か会ったことがある。
その松田氏に、ある時、妙な名刺を手渡された。見れば、「ファッション・モデル 松田哲夫」を記されていた。本職は編集者なのに、「モデル」を自称していたわけだ。
聞くと、事情はよくわかった。三宅一生といっしょに仕事をしたことが、氏にはあるという。そのつながりで、ショーのステージにも出演したらしい。モデルとして。
だから、「モデル」という表記も、嘘ではない。たしかに、モデルの仕事をしたのだから、自分を「モデル」と呼んでもいいはずだ。それで、「モデル」としての名刺まで、作ったということであった。
ふふふ。読者諸賢よ、私が何を考えているか、もうすっかりお見通しであろう。そう、その通り。私もひそかに狙っているのだ。松田氏と同じことを。
もちろん、私の演奏はうまくない。よくとちる。しかし、それでも、何度かステージをこなしてきた。自分だけのソロ・リサイタルも、厚かましい話だが、手がけたことだってある。
のみならず、私のことを「プロ」だと誤解する人も、いなくはない。ピアニストが確定申告へ来ていると、間違えた人さえいるのである。もう、堂々と、「ピアニスト」を名乗っていいのではないか。松田氏が、「モデル」を自称するのなら、私だって……。
しかし、けっきょく、私がそんな名刺を作ることはないだろう。やはり、それはあまりにおこがましい。私は、おとなしく生きていくつもりだ。どうやら、自分の謙虚ぶりを際立たせる引き立て役に、松田氏を登場させてしまったようである。