半世紀ほど前に出会った97歳と83歳。人生の妙味を知る老親友の瀬戸内寂聴さんと横尾忠則さんが、往復書簡でとっておきのナイショ話を披露しあう。
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■横尾忠則「『城の崎にて』僕はおばちゃん相手のマネジャー」
セトウチさん
こう寒いと温泉にでも行きたくなりますね。セトウチさんとは城崎温泉と天橋立温泉へ行きました。その前に一度、岡山の湯原温泉にも行っていますが、この時はゴルフ旅行のついでの温泉だから、あまり温泉の印象はないですよね。この時のゴルフの話や、そのあと旅館で阿波踊りをした話はすでにこの書簡で書きました。天橋立もちょこっと書きましたので、今日は城崎温泉のことを想い出しましょう。あれから15年経ってるんですよ。びっくりでしょう。セトウチさんが今の僕の年齢の83歳の時です。
ついこの間って気がしません? セトウチさんが温泉街に出ると、目ざといおばさん達がセトウチさんを見つけて、「寂聴先生!」なんて黄色い声を上げて、アッという間に囲まれて、袈裟(けさ)を触ったり、セトウチさんのクリクリ坊頭をまるでお地蔵さんの頭を撫(なぜ)るみたいに撫廻して、手を合わせて拝んでいました。僕なんかは歩くお地蔵さんのマネジャーだと思われて、「写真撮って貰(もら)っていいですか?」なんて問われるので、「ちゃんとお賽銭(さいせん)は頂きますよ」なんて言うと、本気にして財布を出すおばちゃんもいて、僕は何(な)んだか地方巡業のタレントの交通整理役を買って出ているみたいで本当に楽しかったですね。
志賀直哉の『城の崎にて』に出てくる旅館を見て、「ここよ」とセトウチさん。この旅館の屋根瓦の上で死んでいった蜂(はち)を想像したり、街の中を流れる川を串を首に刺(ささ)れて逃げ惑(まど)うネズミや、志賀さんが石ころを投げて殺したイモリなど、そんなものはもういないのに、「いるかも知れない」と思って思わず川の中を覗(のぞ)いたり、こんなたわいない文学の旅を愉しんだりもしましたよね。