黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
黒川博行(くろかわ・ひろゆき)/1949年生まれ、大阪府在住。86年に「キャッツアイころがった」でサントリーミステリー大賞、96年に「カウント・プラン」で日本推理作家協会賞、2014年に『破門』で直木賞。放し飼いにしているオカメインコのマキをこよなく愛する (写真=朝日新聞社)
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※写真はイメージです (Getty Images)
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 ギャンブル好きで知られる直木賞作家・黒川博行氏の連載『出たとこ勝負』。今回は作家・司馬遼太郎を偲ぶ「菜の花忌」のイベントに登壇したことを振り返る。

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 二月中旬、司馬遼太郎ゆかりの『第二十四回 菜の花忌』のシンポジウムにパネリストのひとりとして出席した。場所は東京のよみうりホール、他のパネリストは映画監督の小泉堯史さん、女優の星野知子さん、歴史学者の磯田道史さん、司会は元NHKアナウンサーの古屋和雄さんだった。

 シンポジウムのテーマは「土方歳三と河井継之助──『燃えよ剣』『峠』より」だったから、わたしは事前に『燃えよ剣』二巻と『峠』三巻を精読した。

 司馬遼太郎作品は高校生のころから(『新選組血風録』がはじめだったか)三十代の半ばまで、そのほとんどを読んだが、自分が作家になって、あらためて読んでみると、ほんとうに巧(うま)い。セリフも地の文も過不足がなく、なによりリーダビリティーがある。みごとな小説だと実感した。

 たとえば戦闘場面。Aがどんな構えでどう斬り込み、Bがどう躱(かわ)して反撃するか、双方の動きが読み手の脳裡(のうり)に鮮やかに浮かぶ。ときどきの心理描写から太刀筋まで、詳細に書きすぎるとスピード感が失われるし、あっさり流してしまうと迫力がない。そう、司馬遼太郎はアクションを文章で描くことにおいて、めちゃくちゃ巧い。わたしも自作でアクションシーンを多く書くが、そのめりはりをぜひ真似(まね)たいと思った。

 それとセリフ。ひとつひとつが短く、生きた人間の言葉になっている。説明ではなく、セリフで描写をしている。ところどころで使われる方言が効果的だ──。

 というようなことを、まわらぬ頭でぼつりぽつり話したのがパネリストのわたしだった。

 小泉さんは今年公開の映画『峠 最後のサムライ』の監督で、黒澤明の助監督を長く務めていたひとだから、黒澤の人となりを含めた映画論がおもしろかった。

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