
知性派ピアニストの4年ぶりの力作
The Traveler / Kenny Barron
ケニー・バロンがヴァーヴ(ユニバーサル・グループ)のレコーディング・アーティストになってから、早くも15年が経った。毎回新作が世界的に大きな話題を呼ぶスター・タイプとは異なるバロンが、ジャズ界の名門と息の長い関係を保っているのはちょっとした驚きである。本作はスタジオ録音作としては『イメージズ』以来4年ぶりとなる新作だ。
今回はトリオを基本編成に、ゲストのヴォーカル、サックス、ギターが加わるというもの。この15年間の作風を振り返ると、著名ミュージシャンを迎えたり、明確なアルバム・コンセプトがあったりと、いい意味でヴァーヴ専属らしいアドバンテージを活用してきた。その点で今作は一見、地味な印象を受ける体裁である。前作から連続参加の北川は、自身のトリオの前任ピアニストがバロンだったことからもわかるように、お互いの音楽性を深く理解し合う関係。
初参加のキューバ人ドラマー、メラとのトリオのステイタスを知る好例がアップ・テンポの《スピード・トラップ》だ。レニー・トリスターノ風味の《ドナ・リー》とでも呼びたいバロンの自作曲における三者の緊密なインタープレイは、バロンがこのトリオを結成した理由を雄弁に物語っている。
日本では過小評価のキャバレー・シンガー、アン・ハンプトン・キャラウェイ、モンク・コンペ優勝者の新人グレッチェン・パーラト、ベテラン・ドラマーで歌も得意なグラディ・テイトと、タイプの違う3人のヴォーカリストを各1曲にフィーチャー。いずれもバロンのセルフ・カヴァー曲であり、本作のために歌詞がつけられたことを踏まえると、単なるギアチェンジのためのヴォーカル曲では片付けられない意味が感じられる。
アルバム後半には独特な味わいのカリプソ曲など、ルエケが3曲に登場。最後はアフター・アワーズ風のピアノ独奏曲で締めくくる。知性派ピアニストらしい聴きごたえのある新作だ。
【収録曲一覧】
1. The Traveler
2. Clouds
3. Speed Trap
4. Um Beijo
5. The First Year
6. Illusion
7. Duet
8. Phantoms
9. Calypso
10. Memories Of You
ケニー・バロン:Kenny Barron(p) (allmusic.comへリンクします)
北川潔:Kiyoshi Kitagawa(b)
フランシスコ・メラ:Francisco Mela(ds)
スティーヴ・ウイルソン:Steve Wilson(ss)
リオーネル・ルエケ:Lionel Loueke(g)
2007年12月ニューヨーク録音