リアルな心理描写で社会の闇を浮き彫りにしてきた作家の桐野夏生さん。長年、教育行政に携わってきた前川喜平・元文部科学事務次官。ふたりは昨今の若者が抱える問題に危機感を募らせる。子どもの教育、不登校、貧困問題などをどう見るのか。
【前編/「若者の荒廃」に危機感…社会が抱える問題とは? 桐野夏生×前川喜平】より続く
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桐野:ひきこもりの人たちは、どんなきっかけがあれば出てこられるとお考えですか。
前川:私はいま自主夜間中学のボランティアスタッフなんですが、ここには40代の男性で、十数年ひきこもりだった人がいます。ひきこもりを脱した直接的なきっかけはわからないですが、自主夜間中学があるということを聞いて、行ってみよう、という気になったみたいで。それで学校に来始めたら楽しくて、ずっと通い続けているんですよね。夜間中学には叱る人もいないし、変に介入する人もいないし、ありのまま素のままでいられるから、居心地がいいらしい。
こういう場所が、社会に一本立ちして出ていけるきっかけになるんじゃないか、と思うんです。
桐野:中学までの義務教育を十分受けられなかった人が世の中にたくさんいる、ということですね。
前川:ええ、理由として多いのは、貧困、虐待、不登校。貧困は年配の方に多いです。戦後、新制中学に通えなかったという人ですね。私がこの2年の間に友達になった人で、「セーラー服の歌人 鳥居」という人がいます。文学賞も取った素晴らしい歌人なんですけど、公式の場ではセーラー服を着ているんです。
私はペンネームの鳥居という名前しか知りませんが、この人は母子家庭で育って、小学校のときにお母さんが自殺して、児童養護施設で虐待を受けた。ホームレスだったこともある。そういった事情で中学へはほとんど行けなかったそうです。
彼女がなぜセーラー服を着ているかというと、中学校に行きたかった、今からでも行きたいんだ、という気持ちを表している。しかも、それは自分のことだけではなくて、中学校に行きたかったけど行けなかった人が世の中にたくさんいることを知ってほしいという。