高齢者はもちろん若者の間でも老後不安が高まっている。難しいことはわからなくても庶民はみんな薄々感じている。年金制度は持続不可能だ……と。
一方、「70歳まで働ける仕組みを作ります」「年金受給開始年齢を70歳超とする選択肢も設けます」「年金の繰り下げ受給で受給額は大きく増えます」と、安倍政権は「明るい未来の大安売り」を展開する。
しかし、これが、年金制度の本質を変えようという試みの始まりであることに気づく人は少ない。
「勤勉な」国民に70歳雇用と年金繰り下げ受給の「選択肢」を与えると何が起きるか想像してみよう。
人生100年時代で不安に駆られる高齢者の多くは70歳まで働く。もちろん、それでも不安だから、その先には、75歳雇用、さらには80歳雇用が待っている。「高齢者もご活躍いただきたい」という経営者の言葉は、「年寄りだからのんびり」なんて働き方は許されないという意味だ。
こうして、体が動く限り働き続けるのが当然という価値観が普及し、給料をもらう以上、年金保険料も払うべきだということになる。
日本社会の同調圧力は極めて強い。世の流れに逆らって、「元気だけど働かない」選択をすると、年金財政が苦しいのに自分だけ楽をするのかと白い目で見られる。その先には、働ける人には年金を払わないという制度改正が待っている。
もちろん病気などで働けない人は年金をもらえるが、これは生活保護と同じだ。働けるが仕事が見つからない人も年金をもらえるが、それは失業保険と同じ。
そして、年金をもらうと、他の人たちは年金をもらわず働いて保険料まで納めているのに、自分は年金のお世話になっているという負い目を感じる社会になる。年金は、良くて同情、悪ければ侮蔑の感情を生む制度になるのだ。
ついこの前までは、60歳以降の雇用を人生の余禄ととらえるシニアも多かった。しかし、これからは、そんなことは許されなくなる。
私は、元々怠惰なのか、何のために働くのかと聞かれれば、楽な暮らしをするためだと答える。お金をもらって働くのではない様々な活動に喜びを感じ、のんびり老後を過ごしたいと思う人がたくさんいる社会がおかしいとは思わない。