ドラァグクイーンとしてデビューし、テレビなどで活躍中のミッツ・マングローブさんの本誌連載「アイドルを性(さが)せ」。今回は、「AI」を取り上げる。
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NHKで放送された『AIでよみがえる美空ひばり』を観ました。人工知能にひばりちゃんの歌声や話し声を何パターンも学習させ、「没後30年の時を経て黄泉から降臨した」という設定のお嬢に書き下ろしの新曲を歌わせる。そんな企画でした。現存しない人の声の再現・再構築だけでなく、その再現された声が音符や歌詞を咀嚼し、さらには節回しやリズムや音程の加減など「癖」までをも適宜アウトプットできる技術に感嘆しました。新曲『あれから』も普遍性の高い良曲だったと思います。
無論、こうしたAI技術もまだ発展途上の段階であり、「お嬢はここでブレス(息継ぎ)はしないだろう」とか「大サビはもっと感情が振れた歌い方をするだろう」などと思う部分も少なくありませんでしたが、それでも思わず鳥肌が立つ感じは、例えば初めて清水ミチコさんのユーミンを聴いた時や、宇多田ヒカルを歌うミラクルひかるを観た時の「衝撃的共感」に通ずるものがありました。
仮にこの「新曲」がAIによるものではなく「レコード会社の倉庫から発見された未発表デモ音源をデジタル化したもの」と言われたら、何の疑問もなく信じた上に、「幻の歌唱にして新境地のボーカル!」などと、さもありがちな感想を抱いていたかもしれません。人間の記憶はとても明確であると同時に、ちょっとした情報ひとつで如何様にも左右されてしまう曖昧なものです。それでも今回のAIひばりの歌声は、紛れもなく「美空ひばり」本人の声を使って作られているわけで、だからこそたくさんの人たちの心を打ち、ファンも涙した。もしこれが超絶技巧なモノマネだったら一転、爆笑の渦だったことでしょうし、人の感情というのもこれまた紙一重。
ちなみにこのようなAI技術による「(故人の)蘇らせ」には、倫理的な異論も飛び交っているそうです。確かに今回の新曲を「歌わせる」ことに際し、ひばりさん本人の気持ちや意思はどこにも介在していません。もし今も彼女が生きていたら、2019年に作られた楽曲を歌うのは82歳の美空ひばりであり、容姿はもちろん歌声もそれなりに老化して変わっているはずですし、ともすれば「この曲は歌いたくないわ」と言うかもしれない。だからやはり、これは人々の記憶と感情が作り出したファンタジーなのであって、その範疇を侵さないようにすることは今後の大事な課題だと思います。