ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏。欧州のネット規制で負の側面が露呈した事例を解説する。
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欧州連合(EU)は今年5月、個人情報の保護を劇的に強化する一般データ保護規則(GDPR)を施行した。しかし、市民を保護するはずの規則が、大物政治家の汚職疑惑をめぐるスクープを潰すために悪用されている。
汚職疑惑を追及していたルーマニアの非営利調査報道機関「RISEプロジェクト」は11月4日、政権与党・社会民主党のリビウ・ドラグネア党首と建設会社「テルドラム」との癒着を示す情報をフェイスブックで公開した。テルドラムが拠点を置くテレオルマン県の農村部で偶然発見されたスーツケースに、ハードディスクやタブレット、財務書類など、同社の内部情報が大量に詰まっていたのだという。この日の投稿では、ドラグネア党首とテルドラム役員との蜜月ぶりをうかがわせる写真や文書を一部掲載。更なる分析・検証を行った上で詳細を報道するとした。
首相の座を左右できるほどの権力を握るドラグネア党首の汚職疑惑は、それまで検察当局も捜査を進めてきた。昨年にはテルドラム社への家宅捜索も行われたが、RISEプロジェクトによれば、この情報はその時点ですでに隠蔽(いんぺい)されていたという。汚職の決定的な証拠が発見される可能性もあるということで、続報に注目が集まった。
11月9日、事態は急展開する。政府のデータ保護監督機関(ANSPDCP)がこの投稿に関連する情報を開示するようRISEプロジェクトに要求したのだ。具体的には、情報の出所や入手時期、情報源に関する情報を10日以内に回答するよう求め、回答がなければ遅延1日につき644ユーロ(約8万3千円)、回答を拒否すれば最大2千万ユーロ(約26億円)の罰金を科すと通告した。
政府が要求の根拠としたのがGDPRだ。個人情報を扱う企業に厳格な義務や制限を課しており、ANSPDCPはRISEプロジェクトがドラグネア党首らの個人情報を扱う事業者とみなしたのだろう。しかしGDPRは個人情報保護を理由に表現の自由や報道を抑圧してはならないと定めており、これを無視して情報源の開示を求めていることは明白だ。