■麥秋(1951年)


「晩春」で確立された小津映画の独特の流れをくむ、秀作である。「晩春」の父と娘のドラマは、ここではある小市民家庭の、やや複雑な家族のドラマに、発展していく。小津監督自身が、「これはストーリーそのものより、もっと深い《輪廻》というか《無常》というか、そういうものを描きたいと思った」と言っているのが、これまた興味深い。「小津さんはなぜもっと、動きの多いドラマを作らないのですか?」と新聞記者に聞かれて、彼が「オレはトウフ屋のような映画監督なのでね、カツを作れと言われても、とても無理だよ。せいぜいガンモドキぐらいまでだよ、作れるのは」と言っているのも、実に面白い。

あらすじ/北鎌倉に暮らす大家族の長女(原節子)に縁談が持ち込まれる。彼女は、戦死した兄の親友で妻を亡くした子持ちの男への思いが強いために……

■お茶漬けの味(1952年)
これは実は戦争中に書かれたシナリオで、検閲のためにオクラになってしまっていたものを、戦後新たに書き直したものである。元のシナリオでは、主人公が軍人として出征する時の話だったのが、南米に行く話に書きかえられている。「そのため、ドラマの転換が弱くなってしまったことは事実です」と、小津監督自身が語っている。検閲官は「名誉の出征を祝って赤飯を食べるべき時に、お茶漬を食べるとは何事か!」と、映画化を許さなかったというのだ。佐分利信、木暮実千代、鶴田浩二といった、「晩春」から「麥秋」への流れとは違う俳優たちが出演している原因も、そこにあろう。だがこうした、大人の味の人間ドラマもまた、小津映画の独壇場なのだ。

あらすじ/上流階級出身の妻(木暮実千代)は、田舎出身で質素さを好む夫(佐分利信)の野暮さが気に入らず、友人(淡島千景)らと遊び歩く。やがて夫が海外に行くことになり……

■1956年/早春
「晩春」「麥秋」「東京物語」と続いてきた、恒例ともいうべき常連俳優たちを使った静かな日本的シリーズ作品から、もう一つ外れたといってもいい、新しい局面を出すことを狙った映画といえるだろう。東宝の専属スターだった池部良を、松竹に特に招いてサラリーマンとして出演させ、それに松竹の新しいスター女優の岸恵子を共演させて、不倫ドラマを演じさせた。もちろん、あくまでも厳しい、小津調の映画作りの中での話ではあるのだが。その岸恵子が赤いスポーツ・カーで撮影所に来た時、小津監督が言ったという。「この撮影所はいつから、ヤッチャ場(青果市場)になったんだ。ダイコンが車にのってやってきてる(笑)」と。

あらすじ/結婚8年になる夫婦(池部良・淡島千景)は、子どもを失って以来、関係が冷えていた。そんな中、夫は親しくなった女性(岸恵子)となりゆきで一夜を共にしてしまう……

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