16年初夏、ある大手ペットショップチェーンが都内で開催した繁殖業者向けのシンポジウム。講師を務めた同社所属の獣医師は、そう語りかけた。
獣医師はさまざまなデータを用いながら、猫は日照時間が長くなると雌に発情期がくる「季節繁殖動物」であることなどを説明。そのうえで、繁殖用の雌猫に1日12時間以上照明をあて続けることを推奨する。
「普通の蛍光灯で大丈夫です。ぜひ長時間にわたって猫に光があたるよう飼育していただきたい。そうすれば1年を通じて繁殖するようになります。年に3回は出産させられます」
実は猫は「増産」が容易な動物なのだ。
この獣医師が言うとおり季節繁殖動物である猫は、日光や照明にあたる時間が1日8時間以下だと発情期がこず、1日12時間以上照らされていると1年を通じて発情期がくる。だから日本で暮らす野良猫は、一般的に1月半ばから8月に発情する。
そして猫は、交尾した日から67日目前後に出産する。子猫に母乳を与えている間は、ホルモンの影響で母猫の発情は抑制される。生後1カ月を超えたくらいで子猫が次第に離乳すると、その2~8週間後に再び発情期がやってくる。
つまり繁殖業者は、繁殖用の雌猫に1日12時間以上照明をあて続け、生まれた子猫をなるべく早めに出荷・販売すれば、年3回のペースで出産させることが可能になるのだ。発情が周期的に、およそ6カ月ごとにくる犬では、こうした「増産」は難しい。一般社団法人「日本小動物繁殖研究所」所長の筒井敏彦・日本獣医生命科学大学名誉教授はこう話す。
「積極的に子猫を産ませようと思うブリーダーがいれば、年3回はそう難しくはない。だが、繁殖能力が衰える8歳くらいまでずっと年3回の繁殖を繰り返せば、猫の体にとって確実に大きな負担となる。また子猫を長く一緒に置いておくと繁殖のチャンスが減るということを、多くのブリーダーが理解している。このことで、子猫の社会化に問題が出てくる可能性も否定できない」
ブームによる旺盛な需要とともに、子猫の価格の高止まりが、「増産」を後押しする。競り市(ペットオークション)における子猫の落札価格は高騰しており、この1、2年は、5年前の水準と比べると3~4倍の高値で取引が行われている。競り市に出入りしている繁殖業者によると、子犬よりも高い価格で落札される子猫も増えており、17年春には落札価格が20万円を超える子猫もいたという。
こうした市場環境は、繁殖業への新規参入を促す。まず目立って増えたのが、「犬だけじゃなくて猫も」と猫の繁殖に参入する犬の繁殖業者だ。ある大手ペットショップチェーンの推計では15年度時点で既に、繁殖業者の3割以上が「犬猫兼業」になっていたという。