80年代マイルス最大の激動期を記録した上級者用レア・アイテム
In Washington DC 1987 (Cool Jazz)
イメージとして、80年代マイルスのライヴ音源は各年均等に出ているように思えるが、仔細に眺めれば、時期によってかなりのバラツキがあることがわかる。
たとえば1987年前半だが、拙著『マイルスを聴け!Version7』の762ページから順にみてほしい。1月から6月にかけてのライヴ音源としては、同書刊行時点でわずか4枚しか日の目をみていなかった。もちろん、これでも多いといえば多いが、この時期は、サックスにゲイリー・トーマスが加わったり、ギターがハイラム・ブロックやボビー・ブルームだったりと、80年代マイルスにとって最大の激動期にあたる。正確にいえば、サックス陣はボブ・バーグ、ドナルド・ハリソン、ケニー・ギャレット、ゲイリー・トーマスが入り乱れ、基本的には1本、しかし場合によっては2サックス編成になるなど、それは目まぐるしい。それを思えば、この時期の音源が4枚というのはいかにも淋しく、物足りない。
そこで「そうでしょう、そうでしょう」とばかりに登場したのが、この同年2月27日、ワシントンDCにおけるライヴ(ドラムスはリッキー・ウェルマンとクレジットされているがヴィンス・ウィルバーンが正解)。サックスはギャレットとトーマスの2本、ギターはボビー・ブルーム、さらにレパートリー面からいけば、必殺の《アル・ジャロウ》、ときどき必殺になる《ドント・ストップ・ミー・ナウ》を含む、いかにも過渡期らしい佇まい。加えてヴィヴィッドな雰囲気と一種の"落ち着きのなさ"がかもし出す緊張感がたまらず、このヒンヤリとした空気は、人員的に着地点がみえないまま突進を余儀なくされた1987年前半だけのもの。そこを聴き取ってこそのマイルス者と断言したい。
褐色のテナーマンことゲイリー・トーマス参加音源としては、目下のところ、『ニュー・イヤーズ・イヴ・イン・LA』と『マイルス・ミーツ・ゲイリー・トーマス』(いずれもクール・ジャズ・レーベル)があるが、前者が1986年の大晦日、後者が翌年の3月、そして今回登場の本作がその1か月前にあたる2月というわけで、数か月にわたって断続的にマイルスと共演をくり広げていたトーマスの足跡と成果がこうしてドキュメンタリー・タッチで追体験できるのは、まさにブートなればこその快楽。ただし本作、録音状態は良好とはいいがたく、ヒビ割れが耳につく、そこを耐えうる上級者レヴェルの想像力と忍耐が求められる。よって初心者には薦めないが、これは世に問うべき貴重な記録。ともあれ、さらなる音源が出揃ったのち、80年代マイルス最大の激動期をつぶさに検証してみたいと思う。
【収録曲一覧】
1. One Phone Call/Street Scenes-Speak
2. Star People
3. Perfect Way
4. Human Nature
5. Wrinkle
6. Tutu
7. Splatch
8. Al Jarreau
9. Time After Time
10. Full Nelson
11. Don't Stop Me Now
12. Carnival Time
13. Tomaas
14. Burn
15. Maze
16. Portia
(2 cd set)
Miles Davis (tp, key) Kenny Garrett (as, fl) Gary Thomas (ss, ts) Bobby Broom (elg) Robert Irving (synth) Adam Holzman (synth) Darryl Jones (elb) Vince Wilburn (ds) Mino Cinel (per)
1987/2/27 (Washington DC)