イン・ロング・アイランド
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サウンドボード録音の真価をみせつける強力迫真のライヴ
In Long Island (Sapodisk)

 おやおやマイルスさん、淋しそうな顔して鼻毛伸ばしてどうしたんですかとジャケットにつっこんでいたら歓声の向こうからドッシャ~ン、バッシャ~ンとリッキー・ウェルマンが鼻息荒くシンバルをしばき、やおら《ワン・フォン・コール/ストリート・シーンズ》と《スピーク》が合体してのドトーのオープニング突入、おまけにファンクなベースがギンギン、グシグシで思わずのけぞる。なんというかっこよさ!

 ニューヨーク、ロング・アイランドはウエストベリーにおけるゲット・アップアップ・アンド・アウェイなライヴ、しかもサウンドボードとは名ばかりの貧弱な音質でなく、芯のある迫力満点のサウンドときては、もうあなた。マイルスのトランペットのど真ん中まで音圧的なパワーがみなぎり、全体のバランス、各音の前後左右の距離感等々どこを取っても申し分なし。ちなみにこの日のライヴ、オーディエンス録音の完全版と、このCDのソースになっているサウンドボード録音の短縮版の2種類あるが、音質の良さと迫力からいって絶対に短縮版(とはいえ78分もある)、すなわちこのCDの圧倒的勝利。とくにダリル・ジョーンズのベースは、これぞベスト。

 マイルスとケニー・ギャレットの掛け合いが、決して馴れ合いでなく音楽的に進行する《リンクル》終了後、マイルスがピーーーと吹き鳴らし、そこにウェルマンのカウントを取る声が重なり、お待たせしました《TUTU》が登場、おお今夜はロバート・アーヴィングだろう、いやアダムちゃんか、ヴォコーダー的ヴォイスを加えてしっかり存在感を示しているではないか。ちょっとした思いつき的アレンジだが、じつに効いている。

 つづく《スプラッチ》がまたかっこいい。これ、マイルス以外のペットが吹いたら笑い者でっせ、しかし(って横山やすしか、怒るで)。ダリルがベースをギチギチとしばき上げ、フォーリーがそのダリルの邪魔をすることなく空間を埋め尽くし、マイルスがそれでもまだ残された狭い空間をみつけて音を落としていく感覚とタイミングは、まさにアート。

 そしてそして最後の《タイム・アフター・タイム》。吹きに吹き倒し、しかしついつい吹き倒しすぎることによって珠玉のメロディーが珠玉のありがたみを自ら下方修正する場合がないとはいえないこの曲、今夜は吹き倒し具合がちょうどよく、涙ちょちょ切れの哀愁マイルスに感謝感激感動のアメアラレ。5分を過ぎてのミュートからオープンへの劇的な変化、そして再びのミュート、さらに再びオープンと、マイルスのアレンジャーとしての天才を改めて思い知らされる。

【収録曲一覧】

1 One Phone Call/Street Scenes-Speak
2 Star People
3 Perfect Way
4 The Senate / Me And You
5 Human Nature
6 Wrinkle (incomplete)
7 Tutu
8 Splatch
9 Time After Time
(1 cd)

Miles Davis (tp,key) Kenny Garrett (as, fl) Foley (lead-b) Robert Irving (synth) Adam Holzman (synth) Darryl Jones (elb) Ricky Wellman (ds) Mino Cinelu (per)
1987/9/25 (Long Island)

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