デビュー65週年を迎え記念公園を開く予定だったペギー葉山さん (c)朝日新聞社
デビュー65週年を迎え記念公園を開く予定だったペギー葉山さん (c)朝日新聞社
ペギー葉山さん (c)朝日新聞社
ペギー葉山さん (c)朝日新聞社

 歌手・ペギー葉山(本名・森シゲ子)さんが、4月12日、肺炎のため死去した。83歳。

“ドはドーナツのド”でおなじみの「ドレミの歌」の日本語詞をつけたことで知られる。人気番組「ひらけ!ポンキッキ」では、子どもに社会のルールを守るよう呼びかける「しつけのコーナー」に出演するなど、多くの世代に親しまれた。

 代表曲のひとつに、ミリオンヒットを記録した「南国土佐を後にして」(1959年)がある。

「高知の魅力を全国の皆さんに広めていただきました」

 高知市観光振興課の尾谷裕司課長は、感謝を語った。ペギーさんは、作家・司馬遼太郎さんに続く2人目の高知県の名誉県人。

「市のイベント『よさこい全国大会』では審査員長として活躍してくれました。祭りに何度も参加してもらい、時には市役所のメンバーや市長とも一緒に踊ってもらったことが印象に残っています」(尾谷課長)

「南国土佐を後にして」の歌碑は、高知市の名所、はりまや橋公園に建てられている。定期的にペギーさんの歌声が流れ、市民や観光客に親しまれている。

「これからもペギーさんの歌声が皆様の心にずっと流れ、歌いつがれていけばいいなと考えております」(同)

 ペギーさんには女優としての顔もあった。73年放送開始の「ウルトラマンタロウ」では、ウルトラの母を演じた。

「先日もテレビ番組に出演されている姿を拝見しました。まだまだ元気で活躍されると思っていたところでしたので、突然のことに驚いています」

「ウルトラマンタロウ」の主人公、東光太郎を演じた俳優・篠田三郎さんが“母”の死を悼む。

「『ウルトラマンタロウ』の第1話のタイトルは、『ウルトラの母は太陽のように』というものでした。当時ペギーさんが、スタッフや出演者にお菓子か何かを作ってきてくださったことを覚えています。まさに太陽のように優しくあたたかい方でした」

 その後も偶然出会うことが多く、縁を感じたという。

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