ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られるジャーナリストでメディア・アクティビストの津田大介氏は、都知事選における、小池百合子氏のインターネット上での対応を例に挙げ、政治家には「メディア対応力」が今後求められると語る。

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 7月31日投開票の東京都知事選は、小池百合子候補の圧勝で幕を閉じた。

 各世論調査を見てみると、告示された直後は鳥越俊太郎候補の支持率がトップだった情勢が、告示から数日後には小池候補と逆転。その後、一度も覆ることなく両候補の差は開き、鳥越候補は組織戦を展開した増田寛也候補にも追い抜かれた。

 なぜここまでの差が開いたのかは、様々な要因が考えられるだろうが、一つだけ確実に言えることがある。それは、かつてと異なり有権者の「判断材料」が増えているということだ。

 2013年の公職選挙法改正──いわゆる「ネット選挙」解禁により、政党や候補者が選挙期間中であっても、ウェブ上で政策を発表したり、有権者と対話したり、街頭演説の動画を流したりといったことが可能になった。解禁直後は、ツイッターや動画を選挙運動にうまく取り入れられる候補者は少なかったが、解禁から3年が経って、状況はがらりと変わった。今やウェブを使った選挙運動は、各候補者が外せない必須のメディア戦略の一つだ。

 ネット選挙解禁がもたらした最大の変化は何か。それは、多くの有権者が選挙期間中、候補者についての情報を「能動的に」検索するようになったことだろう。能動的に検索して有権者を選択する無党派層が少しずつ増えていることで、選挙期間中の情勢変化にも影響を与えている。

 
 従来型の選挙では、有権者にとって選挙公報や政見放送が候補者や党の主張を確認できるほぼ唯一の情報源だった。公職選挙法や放送法に公平中立な報道を求める記載があるからだ。そのため選挙期間中のマスメディアによる報道は特定の候補者やその政策を深掘りすることができず、その結果、多くの無党派層はテレビや新聞の議席予測報道などを見て、ムードに流されつつ投票日を迎えるほかなかった。報道の縛りに加えて、12~17日間という非常に短い選挙期間が有権者の情報不足を招いているのである。

 しかし、ネット選挙が解禁されたことで、ITスキルのある有権者は選挙期間中、パソコンやスマートフォンを駆使して候補者名で検索するようになった。政見放送や街頭演説を動画で見るだけでなく、候補者同士の討論やそれぞれの候補に向けられるネガティブな情報に対して、候補者がどう返すのか──そうした一挙手一投足が有権者の判断材料となりつつある。

 今回の都知事選を振り返ってみると、主要3候補に対してのウェブ上のネガティブキャンペーンはすさまじいものがあった。そんな中、最も迅速かつユーモアも交えて批判に応えていたのは小池候補だった。選挙戦においてウェブの占める役割が大きくなるほど「攻撃」をうまくかわし、「失点」を迅速に回復できる能力が重要になる。

 テレビだけでなく、ウェブも含めた咄嗟(とっさ)の「メディア対応力」をいかにして鍛えるか。情報環境が変わったことで、政治家に求められる能力も日々増えているのだ。

週刊朝日  2016年8月19日号

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津田大介

津田大介

津田大介(つだ・だいすけ)/1973年生まれ。ジャーナリスト/メディア・アクティビスト。ウェブ上の政治メディア「ポリタス」編集長。ウェブを使った新しいジャーナリズムの実践者として知られる。主な著書に『情報戦争を生き抜く』(朝日新書)

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