中井貴一1961年生まれ。東京都出身。81年、映画「連合艦隊」で俳優デビュー。現在舞台「メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~」に出演中(26日まで。PARCO劇場)。10月に映画「グッドモーニングショー」が公開予定(撮影/写真部・岸本絢、ヘアメイク/藤井俊二)
中井貴一
1961年生まれ。東京都出身。81年、映画「連合艦隊」で俳優デビュー。現在舞台「メルシー!おもてなし~志の輔らくごMIX~」に出演中(26日まで。PARCO劇場)。10月に映画「グッドモーニングショー」が公開予定(撮影/写真部・岸本絢、ヘアメイク/藤井俊二)
この記事の写真をすべて見る

「役者がやるべきなのは、言葉の奥にある感情や魂を伝えることであって、言葉の意味を伝えることではないと思う。僕が芝居をやるとき一番大事にしていないのが、実は“台詞”なんです。言葉は、それで人を騙すことも、言いくるめることもできるものでしょう? だから僕は、常に言葉を疑うようにしています」

 中井貴一さんが役者になったばかりの頃は、学生時代の友人に会うたび、「あんな膨大な量の台詞を覚えて、すげぇよな」と驚かれた。が、35年のキャリアを経た今も、「台詞を覚えて、すごい」と感心されることがあるそうだ。

「でもそれは、ベテランの料理人が“ネギのみじん切りがすごく速くて細かいですね”って褒められているようなもので(笑)。当たり前にできるからプロなんです。台詞の奥にある“心”をちゃんと伝えられなきゃ、一人前とは言えないですよね」

 20代最後の年、手塚治虫の漫画を舞台化した「陽だまりの樹」で、初舞台を踏んだ。そのとき、約40公演、毎日舞台に足を運ぶ女性がいた。千秋楽の日、中井さんは、彼女から一通の手紙を受け取った。

「彼女は、(会場の銀座)セゾン劇場の近くの会社に勤めているOLでした。いろんなことに行き詰まって、死ぬことを考えていたある日、劇場の前に列ができていて、わけもわからず並んでみた。そうしたら、初日公演の最後の一枚が手に入って、芝居を見て、“生きなくては”と思った。それから毎日、当日券に並んで、全ての公演を観たそうです。僕たちの仕事は、ときに誰かの魂を救うこともある。そのためには、言葉の奥にあるものを伝えられるかどうかが、一番の鍵になるんです」

次のページ