科学的な見地から“水素水ブーム”に警鐘を鳴らすのは、大阪大学の菊池誠教授(物理学)だ。「水素に何らかの効果があっても驚かない」としつつも、「まだ効果を謳える段階ではない」と断じる。その理由を菊池教授は、こう話す。
「人を対象とした臨床研究を含め、いくつもの論文が出ており、研究はされている。でもまだ、可能性を探っている段階。何らかの効果があるかは今後の研究待ちで、今は製品化できるレベルとはいえない」
「プラセボ効果」の可能性についても菊池教授は指摘する。プラセボは薬の臨床試験などで用いられている偽薬のこと。信頼性の高い試験では本物の薬と偽薬を被験者が服用し、両者の有効性を比較する。「薬を飲んだから効くはずだ」という思い込みによる「プラセボ効果」を排し、効き目を正しく実証するためだ。
「“水素水が効く”と言っているタレントさんたちは、効いている実感があるから使っているのでしょう。でも、それで水素水の効果が実証されるわけではなく、プラセボ効果の可能性は高いですよね」(菊池教授)
水素水のエビデンス(科学的根拠)そのものについて疑問を呈する声もある。科学ジャーナリストの松永和紀さんは、食品安全委員会の定義に照らし合わせ、「研究がまだ十分ではないことがわかる」と説明する。松永さんによると、健康食品(特定保健用食品や機能性表示食品を含む)に関する情報の信頼性は、同委員会の示すステップ(下の表)で評価できるという。
■信頼性チェックリスト(高い←信頼性→低い※【5】が高く【1】が低い)
【1】体験談ではなく、具体的な研究に基づいているか
【2】研究対象は実験動物や培養細胞ではなく、人か
【3】学会発表ではなく、論文報告か
【4】研究デザインは「ランダム化比較試験」や「コホート研究」か
【5】複数の研究で支持されているか
「これを元に水素水の研究をみると、【1】~【3】はクリアしていますが、【4】は研究によって違い、特定保健用食品や機能性表示食品が健康効果の表示の要件としている比較試験の結果は、約10論文と、非常に数が少ない。【5】は、同じ対象(病気など)への効果について、別の研究者がそれぞれ試験をして同じ方向性の結果が出ることが重要なのですが、まだ複数の研究が公表されてはおらず、当てはまりません」
鈴鹿医療科学大学薬学部客員教授で、NPO法人食品安全グローバルネットワークの中村幹雄代表は、添加物の効果や安全性について研究した自身の経験を踏まえ、こう話す。
「口から入った成分の、何パーセントが体内で吸収され血中に入り、代謝されるのか。水素水に関する論文をいくつか読みましたが、いろんな論文の引用が書かれているだけで、肝心な部分についての記述が見つかりませんでした。効能効果の前に、代謝の研究(ADME)をするのが基本です」
中村さんも松永さんも異口同音に唱えるのは“第三者による検証の必要性”だ。
「研究者は社会の役に立ちたい、自分の功績を残したいという思いが強いため、意図的ではなくても、自分に有利な操作を加えやすい。だから複数の研究をまとめて第三者が検証する、“システマティックレビュー”が必要でしょう」(中村さん)
効果があるのなら、ぜひ飲みたい“奇跡の水”。
だが、現段階で言えるのは、「水素水は可能性を秘めているものの、有効性については未知数だ」ということだ。誰もが納得する結果、成果を早く示してもらいたい。
こうした見解も含め、太田教授に取材を申し込んだが、「原稿の最終稿を見せる」「最終的に掲載に同意しない可能性もある」など諸条件が提示されたため、今回は見送った。
※週刊朝日 2016年6月10日号