落語家・春風亭一之輔氏が週刊朝日で連載中のコラム「ああ、それ私よく知ってます。」。今週のお題は、「テレビ」。
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小学校低学年の頃、「笑っていいとも!」のテレフォンショッキングのお友達紹介は、当然ガチンコで筋書きなしの「偶然の数珠つなぎ」だと思っていた。
だから、いつかゲストの依頼が自分に回ってくるだろうとワクワクドキドキしていたし……。
「ボクは誰から電話がかかってくるのだろう。◯◯叔母さんかな? ◯◯叔母さんは大川栄策のファンクラブに入っているらしいから、『大川栄策→◯◯叔母さん→ボク』という流れが考えられるかな。タモリさんに誰を紹介しよう? ソロバン塾の先生にしようかな……あ!! でも平日のあの時間は学校で給食中だ!? 紹介された場合、学校休んだ方がいいかな」
……と私は真剣にシミュレーションしていた。単なる子供の無知……というか、それくらいテレビに夢を抱いていた。
しかしどうやら一般庶民、ましてや小学生には登場のチャンスはないらしいことに薄々気づいたのは5年生の時。
「和田アキ子、何回出てんだよ!! なんか怪しい……」
テレビに映ったら大騒ぎな時代。今みたいに素人が堂々とインタビューに応えたり、一芸を披露したりなんて考えられなかった。テレビカメラを向けられたらとりあえず照れ笑いでピースをするのが一般人だったのだ。畏れ多くも「テレビ様」だった。
5年生の時、書き初めの千葉県大会の学校代表に選ばれた私。総合体育館での大会に千葉テレビの生中継が入るという。
太鼓の合図で300人の小学生が一斉に筆を走らせる。その様子をカメラクルーが端から舐めるように映していく。
後で録画を見たら、ほとんどの子供がチラチラとカメラを気にしている。ダブルピースをしてスルーされているお調子者も。
そもそも、開会式で「心を落ち着かせて書にむかいましょう」と挨拶した偉い人の声がうわずっていた。本末転倒とはこのことだ。
私もテツandトモのような上下そろいのアディダスのジャージを着て映っていた。来客の折にビデオを見せる。「あらまー、凄いわねー」と、けっこう感心するお客さん。
庶民がそれくらいのありがたみをテレビ(千葉テレビにさえ)に感じていた1980年代が、懐かしくも羨ましい。
今、地方公演に行くと、
「『笑点』のピンクの好楽さんは本当に仕事ないの? 小遊三さんは前科あるんですか?」
と聞かれることがある。頻繁に。けっこうな地位のある人が真顔で聞いてくる。……んなわけ……。いや、やめとこう。
「笑点」がこの平成の世において、唯一視聴者をファンタジーの世界に誘ってくれるテレビ番組なのかもしれない。冷静に考えて、上手い答えで座布団の枚数を競うという……その時点で夢の国の物語だ。しかもそのネバーランドが視聴率20%をたびたび超えるという……。そのネバーランドのピーターパン=歌丸師匠の司会引退がかくも大きな話題になるという……。そして奇しくも、両名ともに緑色。
「笑点」が続くか否かで日本の平和が測れるような気がする。いい大人が「笑点」を観る心の余裕があれば、日本はまだ平和かと。
※週刊朝日 2016年6月3日号