昨年、国立がん研究センターが、都道府県のがんに関する状況を示すデータを発表した。そこでは広島が“がんにかかっても死なない”県であることがわかった。
がん死亡率が1995年の39位から2014年の8位へと大きく順位を上げた広島。これは全国一の改善率で、この勢いが続けば長野を追い越すのも時間の問題だ。平均寿命は男性12位、女性6位、喫煙率(男性)は41位、野菜摂取量は23位(男性)、36位(女性)、食塩摂取量は25位(男性)、35位(女性)と、平均的な県のどこに、がんで死なないヒントが隠れているのだろうか。
広島駅に降り立った記者。タクシーに乗ると、さっそく運転手(60代・男性)に話を聞く。男性は大手企業を退職後に運転手に。妻には先立たれ、娘は結婚。男おひとりさまだ。酒は飲まないが、たばこは1日2、3箱。がん検診は「受けたことがない」と話す。
「健康なので必要ない。がんになったら、病院で診てもらえばいいだけのこと」
と笑う。ん? がん死亡率改善度1位からくる印象とはほど遠い。疑問を抱えながら県庁を訪ね、健康福祉局がん対策課課長の佐々木真哉さんに聞いた。
「確かに、広島県のがん検診の受診率は、平均かそれより下が続いていました」
10年以降は受診率向上の取り組みを強化し、12年からはデーモン閣下が県のがん検診啓発特使に“就任”。インパクトのある情報発信を試みる。
「それが功を奏しており、関心を持つ人が増えてきました」(佐々木さん)
広島県のがん医療の拠点、広島大学病院の杉山一彦さん(がん治療センターセンター長)は、「医療機関へのアクセスと連携の良さ」を指摘する。県内には16のがん診療連携拠点病院があり、連携する診療所の数は全国8位。「何かあったらすぐに診てもらう」。その県民の意識が連携する拠点病院への紹介につながり、がんの早期発見、早期治療をもたらす。
受診のハードルが低い背景には、被爆地である広島の特性もあるという。
「被爆体験を持つ祖父母世代と医療の関わりは深く、かかりつけ医との信頼関係ができています。次世代も同じ医療機関を受診する傾向があります」(杉山さん)
夕食のために立ち寄った広島の名物料理を提供する居酒屋「四季や」の店長(39)は、「確かに病院の数は多い」と話す。「何かあったら、仕事終わりの夜間でも、診てもらいますね」
県はがん診療を専門としない医師が、患者のがん相談に乗る「がんよろず相談医」を12年から開始した。特定の研修を受け認定された相談医は、現在658人が活動している。
勝谷・小笠原クリニック(廿日市市)院長の小笠原英敬さんも相談医の一人。こんな経験を話す。
「高血圧と高コレステロール血症の治療で長年診ている男性患者さん(60代)との雑談の中で、がん検診の話が出たんですね。一度も受けたことがないというので、超音波検査を受けてみたらと勧めました」
かかりつけ医の後押しもあって、男性が検診を受けると、なんとすい臓にがんが見つかった。早期発見で手術ができたため、1年ほど経った今も元気だ。ほかにも、胃がんや大腸がんが見つかった例もある。
広島市の特徴は、全国に先駆けて「がん登録」が行われている点だ。原爆の放射能によるがんの影響を調べることを目的に、広島市医師会が1957年から実施。「医療者のがんに対する意識が高い」と話すのは、広島市立広島市民病院副院長の二宮基樹さんだ。
「市内にはがん拠点病院が多い。お互いに切磋琢磨し、それが医療の質の高さにつながっている。大病院が一つしかないというような、お山の大将でないのが、いいのかもしれない」
湯崎英彦知事は選挙公約で「がん対策日本一」を謳(うた)う。長野を越える日はくるのだろうか。
※週刊朝日 2016年3月4日号