ボウイの来日のたびに、一緒に過ごしました。京都へ行ったり、坂東玉三郎さんと3人で食事をしたり。日本の「和」について語り合いました。自宅に遊びに来たこともありますよ。当時、私は東京・千駄ケ谷のマンションで地味な生活。ボウイには「あんまり稼いでないデザイナー」に映ったんじゃないですかね(笑)。
鉄板で野菜炒めを作って、彼と息子のゾウイ(ダンカン・ジョーンズ)さんに振る舞ったりもしました。
ボウイはいつも「音楽とファッションの既成概念を破りたい」と語っていた。私が作った婦人物をよく着ていました。男女の壁をぶっ壊したんだ。
遺作となった「★(ブラックスター)」のPVを見ていたら、宇宙飛行士のユニホームの中からミイラみたいなものが出てくるシーンがあり、はっとしました。43年前に私たちが仕掛けた「引き抜き」を思い出した。私の中に宿っているボウイの情熱に、「まだ暴れまくれよ」と言われているような気がしています。
※週刊朝日 2016年1月29日号