北朝鮮が行った水爆実験は世界各国から非難を浴びた。しかし、そこには2つの狙いがあったとジャーナリストの田原総一朗氏は指摘する。

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 2016年は、新年早々に荒っぽい幕開けとなった。

 1月2日、サウジアラビアは死刑囚47人を処刑した。その中に、イスラム教シーア派の有力な宗教指導者ニムル・バキル・アル・ニムル師が含まれていたために、シーア派国家イランは猛反発し、保守強硬派の暴徒がテヘランのサウジアラビア大使館や北東部の都市マシャドにある領事館を襲撃、放火する事態となった。

 イランのハサン・ロハニ大統領は暴徒を非難したが、サウジアラビアは即座にイランとの外交関係を断絶した。湾岸のバーレーンやクウェート、アラブ首長国連邦、さらにスーダンやジブチ、ソマリアなども追随してイランとの断交や外交関係の格下げに踏み切った。

 それにしても今回の処刑は、目立って挑発的な行動だった。ニムル師のような立場にあるものは、しばしば嫌がらせを受けたり拘束されたりしてきたものの、これまではいずれ釈放されるのが常であった。

 サウジアラビアは、イランとの関係を断つことになるのを承知の上での挑発を行ったのだが、その背後にはアメリカの姿勢の大きな変化があるとみられている。

 アメリカは長年、徹底した親サウジアラビア政策をとってきた。その要因は、サウジアラビアが世界一の産油国であり、世界一の石油の消費国であるアメリカにとって、なくてはならない存在だったからだ。ところが、アメリカでシェールオイルが見つかり、サウジアラビアに冷淡になった。それだけでなく、激しく敵対してきたイランとの間で核協議が最終合意に達して、オバマ大統領が親イランに転じたことが、サウジアラビアにとっては許し難く、いわば爆発したのだと、アラブの事情通たちはとらえている。

 もう一つは、北朝鮮の「水爆実験」の発表である。06年以降4回目の核実験であり、日本の各紙は、国際的な孤立を強める無謀な行動だと非難した。だが、北朝鮮はすでに国際社会で孤立している。何のために、わざわざ世界中から非難を浴びる実験を行ったのか。

 
 金正恩の父親である金正日が06年10月9日に核実験を行った。このときの狙いは交渉を拒否しているアメリカを交渉のテーブルにつかせることで、世界中から非難は浴びたが、その狙いは成功したのである。

 そしてオバマ大統領は12年2月以降、北朝鮮との直接交渉を拒絶している。だから、オバマのアメリカを交渉のテーブルに引き出すために、いわば父親のマネをしたのではないか、と外務省筋はみているようだ。

 私は、金正恩にはもう一つの狙いがあったのではないかと考えている。

 長い間、国際的に孤立している北朝鮮を、中国は援助し続けてきた。ところが金正恩は、中国とのパイプ役であった叔父の張成沢を処刑し、中国は北朝鮮にきわめて冷淡になった。だが、北朝鮮としては中国の援助なしにはやっていけない。

 そこで、中国がこのような冷淡さを続けると、北朝鮮はどんな暴発をするかわからないぞ、という脅しをかけたのではないか。だから、これまでは核実験をするとき必ず事前に中国に伝えていたのに、今回はあえて伝えなかった。

 当然ながら中国は怒りをあらわにしている。だが、金正恩は中国にとって、北朝鮮が存在し続けなくては困る、崩壊しては困るのだということも熟知しているのではないか。

週刊朝日 2016年1月29日号