最後が《イン・ア・サイレント・ウェイ》という予想外の展開
Madrid 1989 (Cool Jazz)
マイルスの新作ラッシュが止まりません。公式なのか非公式なのか不詳ですが(って非公式に決まっていますが)、64年の京都公演やあれやこれやが大手CDショップや通販サイトで堂々と販売され、何も知らない初心者を戸惑わせています。CDの価格破壊と画像投稿サイトは、これまでありえなかったような状況を出来(しゅったい)させているようです。無法地帯のような状況は、今後ますます拡大していくでしょう。文字どおり、公式も非公式も関係のない世界が、いま訪れつつあります。
今回ご紹介するのは、89年11月のスペイン、マドリッドにおけるライヴ。音質はオーディエンスながらきわめて良好、レパートリーも過不足なく、この時期ならではの安定したマイルス・バンドを楽しむことができます。変わっているのは、最後に《イン・ア・サイレント・ウェイ》が登場するところでしょうか。
さて、以下は前回のつづきです。まもなく刊行される『マイルス・デイヴィス「アガルタ」「パンゲア」の真実』(河出書房新社)の巻末にボーナス・トラックとして収められている対談(お相手はジャズストリートでもおなじみの原田和典さんです)のなかから、ナカヤマの発言を先行公開させていただきます。今回は、マイルス他界後の空白の20年間における「マイルスの実在」という、少々倒錯的な視点に立った発言です。
中山:すべてのマイルスと日本の関わりや、マイルスのキャリアの評価について、その全景がある一定の距離をもって眺められるようになったのは、やっぱりマイルスが死んでからだと思うんです。没後のこの20年間は、マイルスの歴史の読み直しや音楽の聴き直しの時期だった。その際の原点となるのは、昔であれば『ラウンド・アバウト・ミッドナイト』あたりになると思いますが、今は『ビッチェズ・ブリュー』や"ロスト・クインテット"あたりの方向にきている気がするんです。唯一『カインド・オブ・ブルー』だけは別格で扱われている。
だから『ビッチェズ・ブリュー・ライヴ』もそうなんですけれど、ターゲットがエレクトリック時代に寄ってきているのかなと思います。アコースティック時代の音源はほぼ掘り尽くしたということもあるのかもしれない。本当はまだまだ眠っていますが、レコード会社としては、もうアコースティック時代は十分といったところかもしれませんね。
そのミュージシャンが生きている間に歴史が変わっていくこともあるけれども、マイルスの場合は、生きていた頃は当然として、死んでから変えていく部分もまた大きい。ぼくがジャズを聴き始めたころには、ジャズの世界のなかではビバップが最初で、そこからモダン・ジャズやハードバップへ進むという暗黙の進行表がありました。しかし今は、もうビバップまで遡る必要性はさほどないのかもしれない。それは、ぼくらにとってのニューオリンズ・ジャズと同じく、あえて触れる必要がないものになってしまっているように思えます。「『ビッチェズ・ブリュー』あたりから見ておけばだいたいつかめるかな」みたいな感覚に変わってきているような印象を受けるんです。
これは、いわゆる「ジャズの見方」の崩壊というか形骸化が進行しているということだと思います。ジャズからはみ出していったところ、つまり、それまでジャズと呼んでいたものとは、少し違った起点から考えている。そのポイントも、マイルスが明らかにしている気がします。そしてその出発点のひとつが『アガルタ』『パンゲア』ではないかと。
だからいまジャズの世界が枝分かれしていて、ジャズと呼べるのか、あるいは呼んでいいのか、実に曖昧な要素がある。しかし、そういういわゆるジャズの本流とは違うジャズの世界が一方で厳然とできていて、そこでマイルスは、リスナーやミュージシャン、DJなどから支持を集めているような気がする。ジャズ・ファンが知らないだけで、「あっち側」にいるジャズ・ミュージシャンというのはけっこういるんですよね。そして彼らにとっては、聴き方がどうこうといったことではなく、自然に『アガルタ』『パンゲア』に出会って、魅力を発見している。あえてアコースティック時代まで遡らずに、同時代の音楽として聴いている。(ではまた来週)
【収録曲一覧】
1 Perfect Way
2 Star People
3 Hannibal
4 Human Nature
5 Tutu
6 Wrinkle
7 Mr. Pastorius
8 Jilli
9 Tomaas
10 Full Nelson
11 Don't Stop Me Now
12 Carnival Time
13 In A Silent Way
Miles Davis (tp, key) Kenny Garrett (as, fl) Foley (lead-b) Kei Akagi (synth) Adam Holzman (synth) Benny Rietveld (elb) Ricky Wellman (ds) John Bigham (per)
1989/11/9 (Madrid)