「とても他人事とは思えなかったですよ。ニュースを見て、背筋が凍りました」
神奈川県厚木市に住む田中博子さん(仮名・65歳)は声を震わせた。10月28日、認知症の夫(73)と同い年の男性が宮崎市中心部で歩道に乗り上げ、700メートルにわたって次々と歩行者をはねた暴走事故。2人が死亡、4人が重軽傷を負う惨事となった。ドライバーは、事故が起きる2日前まで認知症で入院していたという。
「うちの夫にも、いつ起こってもおかしくない事故。そうならないように気をつけているつもりだけれど……。こんな大惨事を見ると、不安が募る一方です」と肩を落とす。
田中さんの夫は、3年前に認知症と診断された。ドライブ好きで、退職後もよく車に乗って出かけていた。診断を機に、車に乗るのをやめるように医師とともに説得したが、首を横に振るばかり。子どもらの説得も加わり、ようやく免許を妻に差し出したのが1年前だ。
「まだ返納はしていないんです。わずかな希望をつぶすような気がして……。家の引き出しにしまってあります。でも、もう更新はできないです」(田中さん)
夫は、免許を持っていないにもかかわらず、ふとした隙に車に乗って、出かけてしまうことが多く、これまで何度か家に戻る道順がわからなくなったこともある。車の鍵を隠すと、「返せ」と激怒する。
「自分が意地悪をしているような気持ちになってしまって。やるせない気持ちでいっぱいだけれど、今はきちんと向き合って前に進んでいかなくては」(同)
高齢者の自動車事故は年々増え続け、東京都では、65歳以上の高齢者が原因となる事故件数は全交通事故の20%前後に達している。特に、認知症をはじめ、運転に支障があるような病気を持つ高齢者による事故をどう防ぐかは大きな課題だ。
現行の道路交通法では、75歳以上の高齢者には3年ごとの免許更新時に認知機能検査が行われているが、過去1年間に認知症によるとみられる交通違反がなければ、医師の診断なしで更新できる。