フィリピン・マニラでは、貧困や再開発による立ち退きなどでスラムにすらいられなくなった人々が、公営墓地で暮らしている。
6年前、4歳だったクラリスは、墓石の間を駆け巡る“野生児”。生まれた時から母親や兄姉と墓地に暮らし、ほとんど外の世界を知らなかった。「よそ者」に無愛想な少女だった。
貧困家庭出身の母親(37)は、心優しい警官と結婚し幸せに過ごしていたが、15年前に夫が殉職すると、義姉らに全財産を奪われ、ここへ来た。以来、墓石の清掃やリサイクル用のペットボトルの洗浄などをして一日に100~200円ほど稼ぎ、子どもたちを育てている。
今は長男(19)が日雇いの建設労働者として働き、次男(13)も墓地やその周辺にある店で手伝いをして家計を助けているが、クラリスが幼い頃は一日1食、白ご飯だけの日も多かった。
「死ぬ前にもう一度、墓でない場所で暮らしたい」と話す母親に、8歳の頃のクラリスは「お母さんに家を買ってあげるのが夢」と言った。墓の暮らしでは、持ち主がお参りに来るたびに「自宅」である小屋を撤去してはまた組み直す。その苦労をなくしてあげたかったのだ。
この墓地には30年以上前から、行き場のない人々が暮らし始めた。2015年現在、200世帯約1千人が住む。ここには小さな雑貨店やインターネット、カラオケもあり、墓以外はスラムの暮らしとそれほど変わらない。
子どもがとにかく多い。NGOの奨学金で学校へ通う子も。クラリスも4年前から通学する。制服や文房具を揃えるお金がなく、アルファベットも書けなかったため、みんなより1年遅れで入学したが、その後は順調に進級。姉(18)も同じNGOの支援を受け、飲食店でバイトをしながら調理師専門学校で学ぶ。クラリスは姉の背中を追う。
この7月、11歳になった彼女には、新たな夢が芽生えた。「先生になりたい」。少女の世界は少しずつ広がっている。
※週刊朝日 2015年11月13日号