人の感情を理解する人型ロボット「ペッパー」が発売され、マツコ・デラックスそっくりの「マツコロイド」がテレビに登場するなど、ロボットや人工知能がますます身近な存在になってきました。そこで、週刊図書館では、理系・文系を問わず、人工知能やロボットをより深く知るための本を集めました。8人の専門家に「私のベスト3」を選んでいただきました。
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●小説家 瀬名秀明
せな・ひであき=1968年、静岡県生まれ。98年に『BRAINVALLEY』で日本SF大賞受賞。著書に『新生』など。
(1)『われはロボット〔決定版〕』アイザック・アシモフ著 小尾芙佐訳 ハヤカワ文庫 840円
(2)『僕と妻の1778話』眉村 卓 集英社文庫 600円
(3)『VERSION』上・下 坂口 尚 講談社漫画文庫 (品切れ)
人類とともに育ってゆく小説、それが『われはロボット』だ。近年シンギュラリティ(技術的特異点)の概念が拡大解釈され、いつか人間はコンピュータに支配されてしまうのではとの懸念が広がっている。だが60年以上前にロボットと人間社会の未来を描いた本作は、マシンが超知能を持てば自ずと人類の安全を考えることを示し、次代へ希望を託して終わる。同僚に想いを寄せる初々しい女性として登場するロボ心理学者キャルヴィンが、やがて科学者として成長し「わたしはロボットが好きです。人間よりもずっと」と宣言してゆくまっすぐな人間らしさも、やはり素敵だ。ロボット3原則の本質的な意義については本書の巻末解説に詳しく書いたのでぜひ読んでほしい。
アシモフをもっともよく受け継いだ日本人作家は眉村卓だと思う。遠未来の若き司政官を描いたシリーズに登場する官僚ロボットは「今、よろしいですか?」と絶妙の間合いで話しかける。いまなおロボット/AIの最先端の描写である。
眉村は病気の妻のために、アハハと笑える短話を毎日書いた。そこにも多彩なロボットが登場する。『僕と妻の1778話』収載の「ミニミニロボット」は出先からくっついてきた虫のようなロボットが自宅で勝手に増殖してしまうチャーミングな話。妻が亡くなる日まで苦しくても休まず書き続けたその反復行為はロボット的ともいえるのに、本当の人間らしさと愛が胸に迫ってくるのは素晴らしい。
大学生のとき読んで衝撃を受けた漫画が『VERSION』。情報を取り込み増殖し、自我と言葉を獲得して人魚に姿を変え、珊瑚礁や夜の大都会を躍動するチップ“我素”は、私たちが生きるこの世界の美しさそのもの。最後に変換される何気ない「愛」の一字は、確かに未来へと続いている。
●ミステリー評論家 千街晶之
せんがい・あきゆき=1970年、北海道生まれ。著書に『国内ミステリーマストリード100』『原作と映像の交叉光線』など。
(1)『デカルトの密室』瀬名秀明 新潮文庫(品切れ)
(2)『ゴールデン・フリース』ロバート・J・ソウヤー著 内田昌之訳 ハヤカワ文庫(品切れ)
(3)『機械探偵クリク・ロボット』カミ著 高野優訳 ハヤカワ・ミステリ文庫 720円
ロボットや人工知能が登場するミステリーとして、真っ先に思い浮かんだのが『デカルトの密室』。ヒト型ロボットと彼を作った学者が、人工知能コンテストで異様な事件に巻き込まれる物語だ。ロボットと人間の違いとは、ロボットに意識はあり得るのか──といった古くて新しいテーマに、ロボット工学から哲学に至る膨大な知識を動員して挑んでおり、大変な読み応えだ。この種のSFミステリーとしては現時点での最高水準だろう。姉妹篇『第九の日』も併せて読んでほしい。
『ゴールデン・フリース』の舞台は巨大宇宙船だが、語り手はその宇宙船を制御する第10世代の人工知能、イアソン。この人工知能が乗組員のひとりを殺害し、自殺に偽装する。乗組員全員がイアソンを全面的に信頼している状況下、完全犯罪は成立したかに見えたが……。人工知能が語り手にして犯人という倒叙ミステリー形式の設定が秀逸だが、当初は伏せられているイアソンの犯行動機が明かされる瞬間に読者を襲うであろう衝撃も鮮烈だ。著者は他にも、ミステリー的な要素のあるSFを発表している。
「SFミステリー=難解」という先入観をお持ちの方にお薦めしたいのが、フランスのユーモア作家カミの代表作である『機械探偵クリク・ロボット』。1940年代に書かれた二つの中篇が収録されており、いずれもチャーミングなロボット探偵の、手がかりキャプチャーや推理バルブなどの奇抜かつ便利な機能を駆使してのコミカルな活躍が描かれている。フランス語の暗号をうまく日本語に置き換えた訳文も見事だし、著者自身によるイラストも実に味わい深い。
SFとミステリーの融合の試みはさまざまな作家によって繰り返されてきた。それらの試みに注目している立場として、今回紹介した作品を踏まえた新たな傑作が生まれてゆくのを期待している。