バグズ・グルーヴ/マイルス・デイヴィス
バグズ・グルーヴ/マイルス・デイヴィス
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 誰が演奏してるかを当てさせるブラインドテストはジャズ喫茶の名物だけれど、オーディオでいうところのブラインドテストは、どの機器が鳴ってるのかを当てる遊びで、高額機器が鳴ってると思わせておいてじつはこんな安物がぁぁぁ…的な、時として痛烈な皮肉を孕むことにもなりかねない、きわめて危険なものである。

 当店でもこのブラインドテストをやったことがある。オーディオのベテランを集めてさあ、今鳴ってる製品はAかBか?とやるのである。

 一千万近い金をオーディオに注ぎ込んでるマニアから、口だけは達者なわたしのような者まで、自称”凄耳”たちがやるのだから、間違えようがないではないか。

 ところがいざフタを開けてみると、間違う間違う。日頃の自信はどこへやら。わたしもやってみたが、これが見事に間違うのである。これではいったい何に高いお金を払ってるのかわからない。

「だからオーディオなんてのは気のせいなんだよ」と、そんなふうに言われてもしかたがないが、ちょっと待って。少し言い訳させてほしい。

 大勢でブラインドテストをやると、音質が他の参加者に引っ張られる、というか、かく乱されるのである。

 またまた~、苦しい言い訳をする奴めとお思いだろうが、「耳音響放射」(じおんきょうほうしゃ)という、音をキャッチする器官である耳が、じつは音を発生させているという事実が1978年にイギリスのデヴィッド・ケンプ博士によって発見されている。

 すなわち、オーディオ装置だけでなくブラインドテスト被験者の耳からも音が出ていて、その音にかく乱されてしまうようなのだ。

 耳から音が出てるといっても、ごく小さな音で、スピーカーからの音声にかき消されてしまうように思えるが、この小さな音がばかにできないのである。

「人間が鳴ってる」とか「音楽好きの人が居ると音がよくなる」とか、以前にも書いたことがあるけれど、逆もあって、何をかけてもいい音にならない人というのも実際にいて、こういう人が来た場合は焦りまくるわけです。

「聴き方が音痴である」といったら失礼だけれど、ようするにその人の感性に響かない音が鳴っていて、「耳音響放射」とスピーカーの音がハモらない、不協和な状態。

 音質が気に入らないのか、曲が気に入らないのか、演奏者か、わたしの態度が気に入らないのか、髪を切りすぎたか、それともトイレに行きたいだけなのか。とにかくなんらかの不満があるからハモらない。不協和音が鳴っているのは客が落ち着かないというサインなのだ。

 すごくいい音を鳴らしてるジャズ喫茶や、オーディオショップの店員さんも、じつは強力な「耳音響放射」をしていて、担当者が変わったとたん同じシステムの音がガラリと変わってしまうなんてこともある。

 この「耳音響放射」は、音の一部だけをクローズアップすることもあるようで、マイルス・デイヴィスの『バグズ・グルーヴ』をかけていたときのこと、今日はやけにセロニアス・モンクが張り切っているなと思っていたら、次の瞬間、「『バグズ・グルーヴ』はテイク1より、テイク2がいいね!モンクが弾きまくってる」とお客様が仰るではないか!?

 そのお客様が聞いているモンクのピアノの音が増幅され、なんとそれをわたしが感じ取っていたのである!?

【収録曲一覧】
1. バグス・グルーヴ(テイク1)
2. バグス・グルーヴ(テイク2)
3. エアジン
4. オレオ
5. バット・ノット・フォー・ミー(テイク2)
6. ドキシー
7. バット・ノット・フォー・ミー(テイク1)

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