作家・北原みのり氏の週刊朝日連載「ニッポンスッポンポンNEO」。今回のテーマは、東京メトロの売店で発売されている「お嬢様聖水」。
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最近、地下鉄に乗るのが憂鬱。いや、乗らないまでも、地下道を歩くのも憂鬱。1日一度、日によっては数時間に一度、かなり高い確率であの“ポスター”を見てしまうから。
「お嬢様聖水」
という名前の飲料水の広告だ。ポスターには、アニメで描かれた裸の女性が、大きく潤んだ瞳でこっちを見つめている。今年4月に東京メトロの売店で発売されて以来、ネットを中心に大きく話題になっている炭酸飲料だ。
そもそもこの商品は女性向けに開発したそうだけど、実際には男性客に大受けで、店頭に並んだ途端に売り切れ、地方からわざわざ買いに来る人がいるなど、大ヒット商品になった。ネットで「お嬢様聖水」で検索すると、黄色く泡立つ様は、まるで本物……と、はしゃいだ調子の記事がいくつも出てくる。
なぜこんなにも話題になり、そして売れたのかといえば、「聖水」が「おしっこ」を意味するからだし。色が黄色で炭酸だというのだから、まさに「おしっこ」を想起させるのだろうし。パッケージがアニメ美女の裸で、エロ要素満点だし。しかも、エロじゃない! 女性向けだ! とか、尿じゃない! 栄養ドリンクだ!とかいう建前で堂々と地下鉄で買えるのだし。
はっきり言って、「気持ち悪い」「具合が悪くなる」という女は少なくない。先日も、普段地下鉄に乗らない女友だちが久々に地下鉄に乗って「コレ何? 吐きそうなんですけど」とケータイにポスターの写真を送ってきた。
彼女たちも「おしっこ」だから吐きそう、というわけではない。私自身も何がこんなにイヤなのかと考えてみたけど、エロだから、という単純な理由ではない。聖水がおしっこを意味するなんて知らなかったぁという無垢を装い、意味なく無邪気に裸で、キラキラと涙目でこちらを見つめる商品そのものが、ある種の男のエロファンタジーを具現化(擬人化)しているからで、しかも、その「エロ」を隠されたお楽しみ(全然隠れてないけど!)として、男たちが共有し、はしゃいでいる様子がイヤなのだ。だって、ここ、地下鉄構内だよ? あんたたちの部室じゃないんだよ?
ちなみに、アダルトグッズで、「女子校生の聖水」という商品を見つけました。「10代少女のオシッコの匂い」「女子校生のオシッコの匂いを完全再現」とパッケージに書いてある。これは、ハッキリとキモい。ところで女子高生ではなく、女子“校”生と記すのは、女子高生なら18歳未満を含む表現になるけれど、女子校生であれば、どこかの女子校の生徒、という、ファンタジー色が強まる……という理由だそうです。
この世は方便。男のエロファンタジーは、ファンタジーとしてどこまでも許容され、どこまでも社会化され、肯定されていくんだなぁ。私には全く想像のできない性の地図を、男の人は生きているのかもしれない。一度、そこに立ってみたい。そこからは、どのように「女」が見えるのでしょう。
※週刊朝日 2015年6月12日号