ラウンド・ミッドナイト/マイルス・デイヴィス
ラウンド・ミッドナイト/マイルス・デイヴィス
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 記念すべき連載100回目であるが、こうして回想録のように書いていると、まるで「サクセスストーリー」みたいに見えてきて心苦しい。わたしが大成功して大金持ちになったという話ではないので、熟読しても皆さんにはなんの役にも立たないから期待せずに読んで下さい。

 さて、どういうわけかわたしは独立することになった。わたしは長男なので、てっきり親父の後を継ぐとばかり思っていたのだが、親父も腹の中では、「次男も散髪屋の修行中なので、いずれ店は二つ要る」という思いがあったらしい。

 貯金はまるで無かったが、店を出す資金は実家の土地を担保にして、銀行から全額借金した。

 内装のイメージは明確なものがあったので、業者と相談してほぼ八割は思うように達成できた。コンクリートの壁、市松模様の床、やけに高いカウンターに、これまた足の届かないような高いスツール。いまだに喫茶店やカフェバーと間違う人がいるJimmyJazzの内装は、まさに’80年代に流行したカフェバーを模したものだ。ただし、これらカフェバーのデザインは’40年代のアメリカ映画に出てくるようなバーに触発されてできたものだから、ジャズを流してもしっくりくる。そういえば当時「レトロ」なんて言葉も流行した。

 かなり悩んだのが店の屋号である。理容室の名前といえば、「理容ヤマモト」「理容コバヤシ」とかが多いが、うーん、ちょっとベタすぎる。もっと厳めしいのだと「OO理容院」とかいうのもあるが、「奥の院」じゃあるまいし。洒落たところでは、「ヘアーサロンタナカ」「カットハウスゴロー」(いずれも架空の名前なので、もしそんな名前の店のオーナーが居たらごめんなさい)とかいうのもあるが、カタカナにしてみたところで所詮床屋は床屋である。

 ジャズ喫茶の看板には「Coffee & Jazz ○○○○」とか、「Modern Jazz ×××××」などと書いてあって、これがカッコ良かった!わたしもどうにかして「Jazz」という言葉を店名に潜り込ませようと考えたが、「Jazz & Cut」というのも変だ。何屋かよくわからん。なにしろ目指すは世界初、「Jazz」と「床屋」の融合である。

 ウンウン唸ってたら、「Jimmy Jazz」というのが閃いた。「Jimmy」は男性の名前だから床屋を暗示する、それに「Jazz」をくっつけて「JimmyJazz」。いいではないか。名案だ。結局「(カットハウス)ジミー・ジャズ」に落ち着いたが、「JimmyJazz」にルビをふるかどうかで、これまた悩んだ。今では笑い話だが、当時は「アルファベットで書いて、子供からお年寄りまで皆が皆読めるだろうか?ちゃんと憶えてくれるだろうか?」と真剣に悩んだものだ。看板にしても印刷物にしても、カタカナのルビがあると「ダサさ百倍」だからである。

 町の住人にしてみれば屋号なんてどうでもよく、「あそこの府営住宅にある散髪屋」という認識があれば十分である。それに、一部「ジミー・アンド・ジャズさん」とか、「ジミー・ジャガーさん」などと無茶な名前で呼んでくれる人も居るには居たが、たいがいの人は「ジミー・ジャズ」と正常に読めた。

 店の内装工事もほとんど終わり、スピーカーをどこに配置するかという話になった。店だからリスニングポイントは特定できない。天井のコーナーに吊ることにした。本来ならBOSEのスピーカーあたりを吊るのが定石だが、新たにオーディオシステムを組む予算もないので、高校の頃から使っている有り合わせのもので鳴らすことにした。

 テストではじめて鳴らしたのは、忘れもしないマイルス・デイヴィス『ラウンド・ミッドナイト』のカセットテープだった。バッチリだ!イイ音だったかどうかは憶えてない。たぶんヒドイ音だったとは思うが、雰囲気は出てたし、何より「JimmyJazz」の店内ではじめてジャズが鳴ったことに感激した。

 客待ちのバーカウンターに腰掛けて、いつまでもジャズを聴いていたかった。「お客さんがここにこうやって座り、ジャズが聞こえてくると、どんな気分になるだろう?」「(映画カサブランカの)ボギーになったような、いい気分になってくださるだろうか?」

 両手で頬杖をつき、空想をめぐらせた。真夜中まで考えても、考えても、夢は尽きることがなかった。「JimmyJazzはイケル!絶対成功する!」これまで冴えない人生を送ってきて、いつも弱気な若者だったわたしだが、このときばかりは、まるで魔法の杖を手にしたように自信に満ち溢れていた。(つづく)

【収録曲一覧】
1. 'Round Midnight
2. Ah-Leu-Cha
3. All of You
4. Bye Bye Blackbird
5. Tadd's Delight
6. Dear Old Stockholm
7. Two Bass Hit
8. Little Melonae
9. Budo
10. Sweet Sue, Just You

Miles Davis (tp),John Coltrane (ts),Paul Chambers (b),Red Garland (p),Philly Joe Jones (ds)
[Columbia] 26.Oct,1955 5.Jun,10.Sep.1956 Engneer:Ray Moore