ザ・サイレンズ/クリス・ポッター
ザ・サイレンズ/クリス・ポッター

クリス・ポッター、念願のリーダー作
The Sirens / Chris Potter (ECM)

 マイケル・ブレッカーが逝去して6年。現在そのポジションに最も近いのがクリス・ポッターだ。2009年に<バンクーバー・ジャズ祭>で観た時もそう思ったし、昨年5月にアグレッシヴなテナー演奏を間近で体感した来日ステージでも同様に再認識した。

 近年のポッターはベースレス・クァルテット“アンダーグラウンド”を率いて、3枚のアルバムをリリース。オルガン入りならベースレスなのもわかるが、電気鍵盤で強力なベース・ラインを弾くクレイグ・テイボーンに圧倒されたことが、クァルテット結成の動機だったというのだからユニークだ。ポッターは2000年代に入って大手ユニバーサルの傘下レーベルでアルバム制作を重ねてきたが、アンダーグラウンドの最新作『Ultrahang』は独自の運営が成功を収めるオンライン・レーベルArtistShareでの制作で、そこには自己の音楽的信念を貫く姿勢がうかがえた。参加プロジェクトでは何と言っても昨年登場したパット・メセニー“ユニティ・バンド”が話題沸騰。メセニーにとってテナー奏者と共演したリーダー作は、ブレッカー参加の『80 / 81』以来30年超ぶりという事実も、ポッターの名誉となった。

 これは念願のリーダー作であろう。2000年以降デイヴ・ホランド盤を助走期間とし、ポール・モチアン盤にも貢献。そして遂にECMでの主役を成就させた。基本編成のクァルテットは、アンダーグラウンドのテイボーンがピアノ専従となり、“フライ・トリオ”のラリー・グレナディア(パット・メセニー、ブラッド・メルドー)、チャールス・ロイドに重用されるエリック・ハーランドと、全員ECMでの録音経験がある精鋭を揃えた。アルバム・コンセプトも異色だ。古代ギリシャの詩人ホメーロスが残した長編叙事詩『オデュッセイア』を再読し、アイデアを固めたという。

 テナーとピアノの共鳴が印象的な#1を皮切りに、バンドの一体感と自由な空気感を同時に表現した#2、バラード表現を追求した#3、鋭角的なソプラノサックスが聴く者に突き刺さる#5等、ポッターは新たな門出を自らアピールする。タイトル・ナンバーの#4はスロー・テンポで始まる本作中唯一のバスクラリネット演奏で、厳かな雰囲気を醸し出し、アルコ・ベースに続いてテナーに持ち替え、スピリチュアルなサウンドへと発展。そこでは60年代のジョン・コルトレーンから現代のチャールス・ロイドまでの歴史が縮図となって表現されており、代表曲としたポッターの思いと共に深い感動を呼ぶ。なおプリペアード・ピアノ、チェレステ、ハーモニウム奏者として本作に参加のダヴィ・ビレージェスは現在、テイボーンに代わりピアニストとしてポッター・クァルテットのライヴで楽旅中である。

【収録曲一覧】
1. Wine Dark Sea
2. Wayfinder
3. Dawn (With Her Rosy Fingers)
4. The Sirens
5. Penelope
6. Kalypso
7. Nausikaa
8. Stranger At The Gate
9. The Shades

クリス・ポッター:Chris Potter(ss,ts,b-cl)
クレイグ・テイボーン:Craig Taborn(p)
ラリー・グレナディア:Larry Grenadier(b)
エリック・ハーランド:Eric Harland(ds)
2011年9月ニューヨーク録音