へヴィ・サウンズ/エルヴィン・ジョーンズ&リチャード・デイヴィス
へヴィ・サウンズ/エルヴィン・ジョーンズ&リチャード・デイヴィス
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 当時(1989年)、JimmyJazzと親父の店、合わせて数名の従業員を抱えていて、そのうちの何人かはわたしの自宅に住み込みで生活していた。ある日、女性従業員がキャーキャーと騒いでいるから、何事かと思ったら下着泥棒が出たらしい。フッフッフ、じつは犯人はわたしだ!いやウソだ!冗談だ!真に受けられても困る。

 二人の女性従業員が「アンタもやられたの?」「クッソー!ムカツクー!!」などとやってる。この二人、じつは前々から「犬猿の仲」で、何かあるたびにやりあってたのだが、下着泥棒が出たときだけ一致団結した。「アノヤロー、許さねえー!」「一緒に銭湯行こか?」「うん♪」

 泥棒と銭湯がなんで結びつくのか不思議だが、とにかくこの日だけはあきれるほど仲がよかった。

 人間は、外の世界に脅威を感じると一致団結するものらしい。尖閣だ!北方領土だ!竹島だ!などといって争ってるが、もし宇宙人が攻めてきたら、そんなことやってる場合じゃない。団結して対抗しなくては地球を占領され、食料にされてしまうかもしれない。

 ジャズファンやオーディオマニアの間でも、「これが最高だ!」「これこそ正しい!」「アイツはわかってない」「あそこの言うことは間違ってる!」「次元が違う!」などと、年がら年中やってるが、マニアでもなんでもない人が見たら、「そんなのたいして違わねーじゃん!」という程度の問題である。マニアの人達は視野が狭い。もっと外の世界に目を向けて仲良くなさい。

 JimmyJazzも、「つぶれるかもしれない」という脅威が去った頃、本当の危機が忍び寄ってきた。

 店をオープンさせる際に、仲の良かった友人を雇うことにした。「友達と一緒にビジネスをやると失敗する」という助言もあったが、「俺達だけは例外だ」と信じて疑わなかった。それほどに仲が良く、そして互いに信頼していた。

 実際に「彼」はよくやってくれた。定休日であっても備品の買出しに喜んで付き合ってくれたし、必死になって仕事に取り組んでくれた。ほかの従業員が悩んでいると、「彼」は親身になって相談に乗ってやった。

 そんなに良いスタッフを抱えた店が繁盛しないわけがない。しかも時は1990年、国民の生活レベルも急激に上がり、JimmyJazzはわずか二年足らずで猛烈に忙しい店になっていた。

 床屋の仕事は物凄くキツイ。どんな仕事でもキツイとは思うが、おそらく皆さんの想像を絶する過酷さである。朝の9時から夜の9時まで、12時間ぶっ通しでマラソンをするのに等しい。

 本当に「もう勘弁してくれ!」というくらい客が来た。あまりの辛さに見習い従業員は次々と脱落していったが、わたしと「彼」だけはさすがに頑張った。

 その頃、わたしの高校時代の女友達がひょっこりJimmyJazzに遊びに来た。高校を卒業してすぐ結婚し、産んだ三人の子供を引き取って離婚、職場が近所ということもあってか、それからも「彼女」はちょくちょく顔を見せるようになった。「怪しいな」とは思っていたが、その「まさか」であった。結婚するという。

「彼」の両親は猛反対したが、反対したところで聞く「彼」ではない。強引に「彼」と「彼女」は結婚式を挙げた。ちっちゃなウエディングドレスと、ちっちゃなタキシードを着た「彼女」の三人の子供達が、新郎新婦と一緒にちょこまかとついて行く姿は本当に可愛らしかった。

 めでたい事ばかりではない。「彼女」が現れてから、滅多なことでは休まなかった「彼」に病欠が多くなった。「過労だ」「喘息だ」と何かと理由を言って休暇を取った。「無責任な!」と憤慨したが、「彼」の欠勤は増える一方。

 もはや「彼」とわたしの間に信頼関係はなくなっていた。「彼女」という癒してくれる人が見つかったのだ。「彼」は、もうこの仕事を辞めたかったのかもしれない。

 ついに「彼」の音信は途絶え、JimmyJazzはわたし一人きりとなった。店は残ったが、大切な友人を無くした。鉛のように重苦しい時間だけが過ぎて行った。 (つづく)

【収録曲一覧】
1. Raunchy Rita
2. Shiny Stockings
3. M.E.
4. Summertime
5. Elvin's Guitar Blues
6. Here's That Rainy Day

Elvin Jones (ds,g),Richard Davis (b),Frank Foster (ts),Billy Greene (p) [Impulse!] 1968. Engineer:Bob Simpson

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