首都圏に住む、近藤智明さん(仮名・58歳)は約20年前、B型肝炎で入院中に主治医がたまたまおこなった検査でHIVに感染していることが判明した。その1カ月後、B型肝炎の治療が終わって退院したのち、国立国際医療研究センター・エイズ治療・研究開発センターに紹介されてきた。

 HIVとは「ヒト免疫不全ウイルス」の略で、一般的にはHIV感染症といわれている。感染して免疫力が低下し、感染症やがんを発症した患者を「エイズ(後天性免疫不全症候群)患者」と呼び、潜伏期の未発症者を「HIV感染者(陽性者)」という。エイズを発症すると、体の免疫力が低下して、ニューモシスチス肺炎やカンジダ症など、さまざまな病気を発症し、治療しないと死に至る病気だ。

 近藤さんの治療を担当した、エイズ治療・研究開発センター長の岡慎一医師はこう話す。

「HIVの感染ルートは主に性交渉、静脈麻薬、母子感染の三つだと言われています。その中でも、日本の場合は性交渉による感染が約99%を占めます。いまだに誤解が非常に多く、日常生活や普通のキスなどでは感染することはありません。ただ、粘膜に傷がある場合は感染する恐れがあるので注意しなければなりません」

 近藤さんも性的接触による感染が疑われたが、特定のパートナーがいなかったため、誰から感染したのかはわからなかったという。感染が判明した約20年前はまだ薬の副作用も強かったため、エイズ発症のギリギリまで治療時期を遅らせ、HIV感染の判明から約3年後に治療を開始した。

「エイズを発症するかどうかの基準にCD4という免疫力を測る指標があります。目安として500以上が正常とされており、CD4値が200を切るとエイズ発症の危険性があります。近藤さんの場合、HIV感染の判明時は340でしたが、238まで低下した時点で治療を開始しました」(岡医師)

 現時点ではHIVに感染してしまったら完治することはない。ただ、1990年代に登場した、複数の抗ウイルス薬を組み合わせて使う「多剤併用療法」によってHIVウイルスを長期間にわたってほぼ抑えることができるようになった。岡医師はこう話す。

「HIV感染で死に至ることはありません。多剤併用療法の登場によって、薬を飲み続けることでエイズを一生涯発症させないことも可能になりました。HIV感染者の平均寿命も、25歳を起点に40~50年まで延び、健常者と遜色ないレベルまできました。だからこそ、HIVの早期発見、早期治療が大切なのです。特に最近では、全国のほとんどの保健所や自治体の特別検査施設で無料、匿名で検査を受けることができるので、多くの人に検査を受けてほしいです」

 この多剤併用療法はここ数年でさらなる進歩を遂げている。かつては1日20錠以上も薬を飲む必要があったが、現在は、2013年に登場したスタリビルドという合剤によって1日1回1錠での治療も可能になった。さらに、吐き気や腹痛などの副作用も、最近の薬では全体の数%の人だけが軽い腹痛などを発症するにとどまるという。

 近藤さんも治療を開始してから服薬を続け、感染が判明してから20年たった現在では年4回の通院と毎日の服薬のみで、CD4の値も500以上とほぼ一般の人と変わらない生活を送っている。

週刊朝日  2014年10月31日号より抜粋