店内の照明を落とし、テーブルはキャンドルでライトアップするなど、洒落た飲食店が増えた今。しかし、俳優の古田新太氏は、そうした暗い店が嫌いだという。はたしてその理由とは。

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 今回が最終回である。寂しい。高校生の頃から読んでいて、それだけで大人になった気分だった週刊朝日。さて、自分が雑文を書き始めた途端、チャイルディッシュになってしまった。面目ない。

 てな訳で、毎回原稿を書いているファミレスを飛び出し、古い喫茶店に入ってみた。カランコロンとベルが鳴る。老夫婦2人の昔ながらの店、コーヒー豆のいい香り、そして静かなBGM、大人な感じだ。テーブルについて注文する。「ブレンドください」。主人が静かに頷(うなず)く。おいらは、今時珍しい手書きなので、原稿用紙を出す。こういう店でパソコンを出すのは野暮だ。万年筆を出し原稿に向かう。……暗い。落ち着いた照明が暗すぎる。こちとら老眼2.0よ! 見えねえよ、字面がよ! いかん、落ち着けおいら。大人の人になるのだ。しかし暗すぎねえか? 自家製プリンやチーズケーキを食うんだろ。何色かわかんねえよ。

 元々おいらは暗い店が好かん。最近多い、居酒屋のチェーン店の「個室有り」なんて部屋は、暗すぎる。ローソクなんざ置きやがって、邪魔だっつーの。白身のカルパッチョなんざ、魚だかグミだか判んねぇ。サラダの色も、煮込みに至っては泥水だ。せめて正面に居る人の顔ぐらい見たいわ。

 今上演中の公演終わりで、来てくれたお客さんと渋谷の店に行った。おいらは片付けがあるので、先に出て店を決めといてもらった。その人達は30代の女性2人、この時点で釘を刺しておくべきだった。果たして、やりやがったコノヤロー、最も唾棄すべき、小洒落た暗い店を選択しやがった。「あー、こっちこっち」。こちらの気持ちを余所(よそ)に、彼女達は盛り上がっている。「ここお洒落だよねー」。馬鹿は死ななきゃ治らない。こんななぁお洒落じゃない、暗いだけだ! こっちは2ステージやって疲れてんだよ。「お芝居、面白かったですー」。ハイハイ、ありがとね。だったら労(いたわ)って欲しかったなぁ、もっと明るい瀟洒(しょうしゃ)な小料理屋で。活タコの刺し身でも食いたかった。「いらっしゃいませ」。背の高いガリガリの茶髪が、ロングスカートのような黒いエプロンをして現れやがった。なんでそんなエプロンしてんだ、必要無いだろ。料理や飲み物を運ぶ時こぼすのか、こぼす前提か、こぼす気満々か。ファッションか、ファッションでお運びやってんのか。「生中!」。おいらの声は怒気をはらんでいる。「かしこまりました」。意に介さず、ガリガリは踵(きびす)を返した。「おまたせしました」。出た! 細い奴だ。ハートランドのもっと細い奴だ。おいらが頼んだのはシャンパンか、ドンペリか、モエか! 生中だろうが、ジョッキだよ。これが生中だったら生大頼んだよ。こちとら肉体労働して、喉が渇いてんだ。グビグビ飲んで「プハー」ってやりたいんだよ。一気飲みだ。「もう一杯!」。「古田さん、お腹空いてます?」。朝から何も食ってねえよ。「注文まだしてないんですけど」。ナイス! よくやった。「お勘定」。出るぞ、明るい店行くぞ。業界一明るい磯丸水産で、下足焼くぞ!

 あーあ、最終回だってーのにこんな話だよ。読んでくれてありがとうございました。読者の皆様、また明るい居酒屋でお会いしましょう。古田新太でした。

週刊朝日  2014年4月25日号