エジプトでムバラク大統領の独裁政権が崩壊しましたね。
インターネットが起こした無血革命と言っていいと思います。
日本にいると、個人情報の流出やブログの炎上、ツイッターやブログでの発言による電子筆禍と言えるようなトラブルなど「ネットは怖い」という思いのほうが強いのですが、メディア統制された独裁国家では、本当に市民たちの武器になるのだということを実感させられました。
1989年。ベルリンの壁が破壊されたときは衝撃的でした。
テレビの映像で、壁を打ち壊している市民達の姿を見た時は、「時代が変わるんだ」という気分になりました。
あの頃は、まだテレビがメディアの中心にいた。マスコミが情報管理の中心にいた。
テレビ、ラジオ、新聞などが世界の情報を集約し、それを整理して改めて他者に向けて発信していた。
でも、これからは中心なき情報ネットワークが主流になるのでしょうか。
ツイッターやフェイスブックのような個人から発信されたものが、あっという間に個々人の間を網の目のように拡散していく。
そこに中心はありません。
今回のエジプト革命には中心人物がいないと言われているのも、その象徴のような気がします。
確かに、僕自身、ムバラクの辞任を知ったのはツイッターが最初でした。確認しようとテレビをつけてみましたが、深夜だからか、どこもやってない。しょうがないから、ツイッターを追いかけてニュースサイトで確認しました。
即時性に関しては、ネットにはかなわないなと、改めて思いました。
しかし、エジプトだけじゃおさまりそうにありませんね。
バーレーンも民衆デモが活発化しているようだし。
チュニジア、エジプトでの結果が中東の独裁政権国家にどういう影響を与えるのか。
ベルリンの壁崩壊後の東欧諸国の変革の時は、まだ遠い異国で起こっているような気もしていたのですが、中東の政変は石油が絡んでいるだけに他人事ではありませんね。
というか、あの時よりももっと大きな変化が世界に起こっていくような気がします。
メディアひとつとってもそうです。
僕は、若い頃、マスコミで仕事がしたかった。
特に出版社に入ってマンガの仕事がしたかった。
当時は、今のようにコミケもなければ、自身で立ち上げたサイトに作品をアップして不特定多数に読んでもらうということもできなかったし、ましてや漫画家自身が自分で自分の作品を電子出版で販売しようなどとは想像もつきませんでした。
情報を発信する側、不特定多数に作品を送り届ける側になるには、マスコミの内側に入るしかなかった。そのために、みんな厳しい就職試験を乗り越えてきた。
今となっては、若い人達は既得権益を守りすぎるというかもしれません。でも、若い頃からやってきた考え方に、どうしてもしがみつきたくなる自分がいます。
理屈でそれはまずいだろうと思っても、感情的にはなかなか踏ん切りがつかない。
出版一つとっても、もう今までのやり方では通用しなくなることは、頭ではわかっている。
それに対して不安感があるのは否めない。
自分が見知った世界と違う形になると、どうしても不安になります。自分が知っていた世界にしがみつきたくなる。
今はただ、その不安感を安易に否定も肯定もせず、賢しら顔でわかったようなことを言わずに、その時々で感じたことを書き残していこうと思います。
それを残していったほうが、長い目で見れば、目先の判断よりももっと先につながる道を指し示すような気がするのです。