私の勤める国立ヘブライ大学にはユダヤ教のシナゴーク(ユダヤ教会堂)があります。ユダヤ人学生が80%という大学だから当然といえば当然でしょう。ここに3月、氷室神社の禰宜(現用賀神社宮司)の三宅勝正さんがやってきてお祓いの儀式をやってくれました。
【「金閣寺を60回訪れたイスラエル人教授」筆者のニシム・オトマズキン氏はこちら】
大勢の学生や教職員が見守る中、斎主さん自らセッティングした神殿にお供えをしたあと神を呼ぶ儀式に入りました。一時間に及ぶ儀式はおそらくエルサレムでは初めて。周囲の人たちは興味深く見ていました。儀式の後には、皇學館大学の瓜田理子准教授による伊勢神宮に関する講義が行われました。
私は昨年、諏訪大社で毎年4月に行われる儀式に参加したことがありますが、それと同じように宮司さんは手を左右に動かし、神様を呼びます。お神輿が大社のほうから幕屋に運ばれます。そして驚くのが、神殿への供え物。鹿の肉、鶏など。儀式を見たときに何百年も前に引き戻された感覚を覚えました。神道儀式を見たのは初めてだったのですが、まるで旧約聖書の世界に連れていかれた気がしたのです。
確かにユダヤ教と神道は共通点があるといわれています。伊勢の灯篭には五芒星に似たカゴメ紋が刻まれていたとか、石川県にはモーゼの墓があるとされています。日本人とユダヤ人は同じ祖先であったという議論はずっと以前からあります。
私が日本における宗教的儀式に魅かれるのは最初に京都に住んだ時以来です。京都に住んだ時の「マイルール」は毎週、寺社にひとつは行くことでした。有名どころではなく小さなあまり知られていない寺社ばかりを巡っていったのです。そこで私はイスラエルで感じたような親近感と違和感の両方を抱きました。2017年に私はユダヤ教の研究者たちを連れて日本に行き、出雲大社、伊勢神宮、高山、明治神宮を巡りました。
その中の一人、メナハム・ブロンデヘン教授は、「神道とユダヤ教は民族の認定において特別なものである。ユダヤ教はユダヤ人の宗教であり、他の民族とは関係ないだろう。神道も日本民族のものである。ユダヤ教と神道は民族固有のものとして不可分である」。そう主張しています。