シス・カンパニー公演の「人形の家」を観に行きました。
ヒロインが女性の自立を訴え家を出るラストが有名なイプセンの作品です。
デヴィッド・ルヴォー演出、宮沢りえ・堤真一というキャストが非常に魅力的で足を運ぼうとは思ったものの、正直、「『人形の家』かあ、なんで今更」と思っていたのは確かです。
ところが、これが実に面白い。
ヒロインのノラは開幕当初は無邪気で世間知らずな奥さんです。
旦那さんは銀行の頭取の職が決まり、高給が約束されている。
昔、まだ貧乏だった頃、旦那が病気になりその治療費を工面する為、旦那に内緒で借金をした。
ところがその借金の相手が、かつて不正を働いたために旦那が銀行から追い出そうとしている男だった。
男は銀行の職を失いたくないため、ノラを脅す。内緒で借金したことが問題かと思ったら、そうではない。借用書の保証人である父親のサインを、ノラは偽造していたのだ。法律に無知だったノラはそれが犯罪であることを、男に指摘されるまで気づかなかったのだ。ノラは男の要求通り旦那に男を銀行に残すように頼む。だが潔癖(けっぺき)な旦那はにべもなく断る。
「あの男は信用できない。昔、書類のサインを偽造したんだ。そんなことは人として決して許されないことだ」
旦那の言葉に、ノラは自分の罪も告白できなくなってしまう。自分のモラルを絶対と信じている彼は、事実を知ったらノラを許さないだろう。追い込まれるノラの運命は......。
と、まるで、サスペンスドラマのような物語が展開していくのです。
とにかく宮沢りえさんが素晴らしかった。最初は無邪気に、それが追い込まれ、やがて旦那の真実の姿を知り、自分自身を見つめ直すノラという役を、見事に演じていました。ラストの家を出て行く後ろ姿の凛々(りり)しかったこと。夫役の堤さんも、どうしても古くさくなりがちな人物に現代性をもたせて好演してました。
「イプセンってこんなに"今"の作品なのか」と感心しました、いや、"今"の作品にしたのでしょう、演出が、キャストが。ホンの中からそういう要素を読みとって。
時代遅れと思われがちな古典ですが、そこにある普遍性を引き出し今の観客に伝える方法論を見つければ、生半可な新作よりもよほどスリリングな舞台が出来る。それを痛感させられました。
プロデューサーの北村明子さんは、最近積極的に古い戯曲を取り上げています。
演出を依頼した時、ルヴォー氏は最初、この戯曲をいやがったそうですが、「ただのフェミニズムじゃない。他の見方も出来るホンだ」と説得したとか。
演出もキャストも素晴らしい仕事をしていたと思いますが、この作品に関しては、プロデューサーの力が一番だったのではないか。そう感じられました。
まさかイプセンでこんなに面白がれるとは思いませんでしたよ。
その意外性も含めて、かなり刺激的な舞台でした。