それからは、精神的なショックもあって広樹さんはニート状態になった。外に出るのは家と病院の往復だけの生活を送り、引きこもった。「人生ここまで落ちるんだな」とふさぎ込む毎日を送った。

 フェイスブックをみると友人が仕事について前向きな投稿をしている。結婚の報告をしている友人もいる。そうした幸せそうなSNSを見ると自分が人生の脱落者に思えてきた。レールから外れて、どうしよう……。気分が沈む。しかし、夏頃に膝が少しずつ動くようになるのとともに、また働く先を見つける気力がわいてきた。

「どうせやり直すなら、子どもの頃から夢だった電車の運転士を目指そう」と、広樹さんは、鉄道会社の採用試験を受けた。何社か応募すると、大手鉄道会社の契約社員として採用された。窓口で切符を販売しながら正社員登用の機会をうかがったが、試験に合格するのはごくわずかと知り、絶望感におそわれた。

「とにかく正社員になりたい」と転職活動を続け、私鉄から内定が出て転職した。新卒採用と一緒に4月に10人が入社。運転士になる研修を受け、秋にようやく試験運転ができるようになった。

 夢の運転士になることができると心を弾ませたが、勤務が始まると人手不足が深刻だと分かった。本来は運転士が50人必要なところ、10人足りない状態だった。シフトが「4週8休」で組まれていても、実際には休みの日も出勤を命じられた。

 終電のシフトでは、昼頃に出勤して、深夜0時頃までの乗務となる。勤務が終わると朝まで仮眠してから帰り、終電明けは休みとなる。しかし人手不足のため、終電明けの日も、朝のラッシュの時間だけ運転する「連結勤務」と呼ばれる異例のシフトを強いられた。

 連結勤務では、終電の後で中休みを取って朝の運転に入るが、その中休みの待機時間の賃金は支払われない。終電シフトで深夜0時に乗務が終わっても、朝6時からまた勤務になると十分に眠れないまま乗務となる。眠気を抑えるためガムを噛みながら運転する不安な日々を送った。

暮らしとモノ班 for promotion
「更年期退職」が社会問題に。快適に過ごすためのフェムテックグッズ
次のページ
たどり着いた“マトモ”な企業は労働組合が強い