一つ目は、「日米物品貿易協定」(TAG)と「他の重要な分野」に関する貿易協定は別のもので、「二つの」協定のための交渉が行われるという読み方だ。一方、物品とその他の重要な分野を併せて一つの貿易協定の対象とするという解釈も可能だ。日本政府の立場は、「TAG」を独立した特別の協定であるとしているので、前者だということになる。

 一方、米国大使館のホームページに掲載されている「日本語仮翻訳」を見ると、

「3. 米国と日本は、必要な国内手続が完了した後、早期に成果が生じる可能性のある[物品、またサービスを含むその他重要分野における日米貿易協定]の交渉を開始する。」([ ]は筆者)とある。

 この書き方では、開始される交渉は一つの「日米貿易協定」(物品貿易協定ではない)であり、その中で、物品とその他重要分野の二つが並立して交渉の対象になると読める。そして、この文書には「物品貿易協定」という言葉も「TAG」という言葉もない。つまり、米国政府は、「物品貿易協定」という特別な協定を想定していないということになる。これは大きな違いだ。

●日本語版共同声明は「本物」ではない 英語版だけが「正文」

 米国大使館のホームページを見て、驚いたことの二つ目は、ここに掲載された日米共同声明日本語版の上部に、「*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です」という注記があることだ。

【以下、米国大使館のホームページより】

*  *  *

*下記の日本語文書は参考のための仮翻訳で、正文は英文です。

2018年9月26日

1. 2018年9月26日にニューヨークで開催された日米首脳会談において、ドナルド・トランプ大統領と安倍晋三首相は、両国経済が合わせて世界の国内総生産(GDP)の約30%を占めることを認識し、強固で安定した、双方に利益をもたらす日米の貿易・経済関係の重要性を確認した。大統領は、互恵的な貿易の重要性、また日本や他の国々との間にある貿易赤字を削減する重要性をあらためて表明した。安倍首相は、自由かつ公正で、ルールに基づいた貿易の重要性を強調した。

2. このような背景の下、我々は、さらなる具体的手段を含めた双方に利益となるような方法で、日米間の貿易および投資を一層拡大し、自由で公平かつ開かれた世界経済の発展を実現する決意を再確認した。

3. 米国と日本は、必要な国内手続が完了した後、早期に成果が生じる可能性のある物品、またサービスを含むその他重要分野における日米貿易協定の交渉を開始する。

4. 米国と日本はまた、上記協定の議論が完了した後、貿易および投資に関する他の項目についても交渉を開始する。

*  *  *

 私は、経産官僚時代に日米構造協議やガットウルグアイラウンドの交渉などをしたことがあるので、「正文」の意味はすぐにわかったが、一般の人にはなじみのない言葉だろう。ここでいう「正文」とは、条約などの外交文書の内容を正式に確定する効力を持つ文書のことだ。この注釈は、日米共同声明は、英語で作った文書が正式なものであって、日本語版はあくまでも参考資料に過ぎないということを示している。だから、わざわざ「仮翻訳」と明記し、日本語で書かれたものには「外交上の効果がない」ことを明確にしたのだ。

 ところが、こんな重要なことが外務省のホームページではどこにも記載されていない。しかも、しばらくの間、英文は隠されていたため、普通の日本人は、外務省が出した日本語版が共同声明だと信じてしまったのである。

 もちろん、日本語の訳と英語の正文の間に齟齬がなければそれほど目くじらを立てることはないのだが、これから説明するとおり、今回の場合は、内容に非常に大きな齟齬がある。

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正文である英語版を見てみると…