鈴木さんは、ある大企業で聴覚障がい者の日本語研修を頼まれたとき、この「丁寧な依頼」の話をしたことがある。「入力してくれるとうれしいんだけど」が丁寧な依頼だとわかったのは、16人中5人だった。
日本語は、はっきり言わない言語なのである。
「裏の意味も察してほしいという言語です。聞こえる人たちはできるんです。こういう場合はこういう表現をするんだ、というのを。たくさん聞いていますから」
しかし、日本語が母語でないと、あいまいな表現の理解は難しい。なのに、ろう者のみなさんは、聴者ばかりの職場で、第2言語である日本語がすこし変というだけでバカにされている。能力が低いと、見下されているのだ。
2016年4月、「障害者差別解消法(障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律)」が施行された。また、多くの自治体で、「手話言語条例」ができている。手話の普及をすすめることで、ろう者と聴者が共生する社会をめざすものである。
でも、けれど、なのに。鈴木さんは、心のなかでこうつぶやく。
<社会は、なーーんにも変わっていない>
そんな現実を、鈴木さんはまざまざと目にしてきた。