ドラマに舞台に活躍する俳優の須藤理彩さんは、2016年に夫であるミュージシャンの川島道行さんを脳腫瘍で亡くしました。それから8年余り。須藤さんは自身のInstagramで、長女が大学の薬学部に合格したことを報告しました。父の病気に向き合うなかで、「病気を治す人になりたい」と考えたことが薬学部を目指すきっかけになったそうです。当時小学4年生だった長女は、どのように父の死を受け止めて歩んできたのか、そして母である須藤さんはどう寄り添ったのか、ここまでの日々を聞きました。※後編<須藤理彩が語る、娘が不登校だったころの“孤独な闘い” 「亡き夫に『彼だったらどうするだろう』と問いかけながら解決していきました」>へ続く

MENU 心の空洞を埋めていった8年半の日々 長女の夢は「病気を治す人になりたい」 パパが見守ってくれる……そのサインは雨

心の空洞を埋めていった8年半の日々

――須藤さんのご主人は、ロックユニット・BOOM BOOM SATELLITESのボーカル&ギターの川島道行さん。亡くなったのは、川島さんが47歳、須藤さんは40歳のときでした。2人のお子さんも、まだ小学生と園児だったのですね。

 はい。夫が亡くなったとき、長女は小4、次女は年中でした。長女はとくに、ものすごくパパっ子だったので、ショックは大きかったようです。

 長女が4歳半のときに妹が生まれたんですが、ずっと両親の愛を一身に受けて育った長女にとってはかなり寂しい思いをさせたと思うんです。そのとき夫が長女をすごく支えてくれて、長女にとってパパの存在はとても大きい物だったと思います。

――まだ9歳。お父さんの死を受けいれることはできたのでしょうか。

 難しかったと思います。でもそれは夫の両親もそうでしたし、私自身もそう。

 彼を失ったことで、みんなの心の中にどうしても埋まらない穴のようなものができてしまって、どんなに優しい言葉をかけてもらっても埋まるものではありませんでした。

 だから私も娘たちにはあえて何も言わず、時間の経過の中で少しずつ埋まっていくのを待つという感じです。

 それでも時間とともに変化するものはあって……。たとえば納骨ですけれど、長女は「パパにはずっと家にいてほしい。お墓には入れないで」って言っていたんです。

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神素子
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