家に帰ったら、母乳をあげて離乳食をあげて、お風呂に入れて……、ってできるだけ自分でやろうとしていましたが、ある時、ストレスのせいか、急に耳が聞こえなくなっちゃったんですよね。数週間ですぐに治ったのですが。

――ひとりで抱えすぎたんですね。

 夫は飲食店のオーナーシェフなので、朝も早く、夜も忙しい。会話をする時間もほとんどなかったんです。夫も、ランチとディナーの間をぬって帰ってきて、息子の面倒を見てくれたりもしましたが、それも限界があって。

 協力してくださる知り合いや友達もいたのですが、まだ乳児の息子を預けるのが申し訳なく感じてしまって。実家の母や、本当に親しくしてくださる知人、友人数人にお世話をお願いして、なんとか仕事をさせてもらっていた感じです……。

友達の言葉にやっと肩の荷がおりて

――産後頑張りすぎるお母さんは、多いと思います。虻川さんはどんなふうにそこを抜けられたんですか?

 ひとつは、やっぱり息子が2歳になって認証保育園に預けられたことが大きかったですね。やっと安心できたし、私もまとまった時間がもてました。

 もう一つ、大きかったのは、母乳育児へのこだわりをやっと捨てられたこと。実はいつまでも母乳にこだわって、一時期息子の体重が減っちゃったことがあって。その時に、ようやく「これじゃいけない!」って気づけたんですよね。

 ある時、親しい友達に「何をそんなに(母乳に)こだわっているの?」って言われたんです。「母親が仕事をしながら子育てをするならミルクは必要だし、なんの問題もないよ。母親が働きながら子育てをしても、子どもはちゃんとすくすく育つから大丈夫」ってはっきり言ってもらって、目が覚めて。「あれ? そうだよね。私ちょっと変だった」って、ようやく気づくことができました。

 どんどん狭くなっていた視野を、友達にこじ開けてもらえた気がして。そこからは少しずつ楽になっていきました。

(構成/玉居子泰子)

※後編<「人より不器用すぎた」虻川美穂子が、子育てを“楽しめる”ようになったきっかけは? 9歳息子との日々を語る>に続く

北陽・虻川美穂子さん
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玉居子泰子
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