奥渋(おくしぶ)/静かな住宅街ながら人気の飲食店が多く集まる渋谷区富ケ谷や上原辺りの「奥渋」を貫く宇田川遊歩道。もちろん渋谷川支流の宇田川から付けられた名前だ。静かな憩いの遊歩道も、暗渠マニアにとっては胸躍る「アトラクション」である(写真/編集部・井上和典)
奥渋(おくしぶ)/静かな住宅街ながら人気の飲食店が多く集まる渋谷区富ケ谷や上原辺りの「奥渋」を貫く宇田川遊歩道。もちろん渋谷川支流の宇田川から付けられた名前だ。静かな憩いの遊歩道も、暗渠マニアにとっては胸躍る「アトラクション」である(写真/編集部・井上和典)

 二つめは「経路」である。

 川や水路はすべて海まで繋がっているはずだが、その繋がりを隠し、分断しているのが暗渠だ。すなわち暗渠は、私たちの住む街に、壮大なパズルを仕掛けているのである。これを解き進めるにつれ、街に埋め込まれた新たなネットワークに気づくとともに、新しい世界の捉え方を手に入れることになる。

 最後は「景観」だ。

 暗渠は実にいろいろな姿をしている。流れに蓋をかけただけのプリミティブな暗渠であれば、その蓋の下にかつての水面を想うことも容易だ。またきれいに舗装され、ほとんど普通の道にしか見えない暗渠であれば、力一杯、妄想力全開で川の流れを感じてみるのも楽しいものだ。

 こと渋谷界隈でいえば、通りを挟むようにおしゃれなショップが軒を連ねる東京・原宿「キャットストリート」も渋谷川の暗渠だ。また海外からの旅行者も多い人気のカフェや飲食店が集まる「奥渋」と呼ばれる渋谷駅の北西一帯も、暗渠が多い。

キャットストリート/洒落たショップが立ち並ぶ「裏原宿」のキャットストリート。これも渋谷川の暗渠だ。注意深く探せば、路上にはいまだ「宮下橋」「隠田橋」「参道橋」「原宿橋」と、4カ所の橋の痕跡が残っている。ぜひここで「宝探し」にチャレンジしてみよう(写真/編集部・井上和典)
キャットストリート/洒落たショップが立ち並ぶ「裏原宿」のキャットストリート。これも渋谷川の暗渠だ。注意深く探せば、路上にはいまだ「宮下橋」「隠田橋」「参道橋」「原宿橋」と、4カ所の橋の痕跡が残っている。ぜひここで「宝探し」にチャレンジしてみよう(写真/編集部・井上和典)

 つまり、ひと口に暗渠といっても、それぞれの景観に味わいがある。甲乙つけるのも野暮というものだが、特に私が惹かれるのは、雑草が茂り、粗大ゴミが打ち棄てられたような暗渠だ。滅多に人も通らず、世界から疎外されたような異空間が、身近な街にひっそりと息づく景観に、心ときめくのだ。

 そんな「暗渠趣味」だが、街歩きトレンドの変化とともに、だんだんと多くの人に受け入れられるようになってきた。

 そもそも、単なる散歩が「街歩き」という趣味の一ジャンルとして定着したのは、「安・近・短」というキーワードが急浮上したバブル崩壊後である。1992年に「ぶらり途中下車の旅」(日本テレビ)がスタートし、96年に雑誌「散歩の達人」(交通新聞社)が創刊。身近な街の「名所」を訪ね、「名物」を味わう、レジャーとしての街歩きが興ったのが90年代だった。

 そんな「遊び」の街歩きに革命を起こしたのが、09年スタートの人気番組「ブラタモリ」(NHK)だ。観光やグルメ情報はスルーし、地球科学者や郷土史家らとともに土地の成り立ちを解いていく、「学び」の街歩きをこの番組が確立したのである。

次のページ
「橋」がつく地名に注目