発砲後、身柄を確保される山上徹也被告。殺人などの罪で起訴された。写真は、2022年7月8日午前11時30分、奈良市
発砲後、身柄を確保される山上徹也被告。殺人などの罪で起訴された。写真は、2022年7月8日午前11時30分、奈良市

 安倍晋三元首相が銃弾に倒れて1年。容疑者は逮捕・起訴されたが、いまだ「スナイパーの仕業」「自作自演」など、陰謀論が渦巻く。なぜか。識者が解説する。AERA 2023年7月17日号から。

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<スナイパーが狙撃した>


 2022年7月8日。参院選の応援演説をしていた安倍晋三元首相が、奈良市内で、背後から近づいてきた男に銃撃された。殺人の罪などで起訴されたのは、山上徹也被告(42)。母親が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に多額の献金を行い家庭が崩壊したことに恨みを募らせ、教団と深い関係にあった元首相を狙ったとされる。この白昼の凶行に、「第三者の関与」は警察によって否定されている。


 しかし、山上被告は「おとり」で、真の狙撃犯は外国の諜報組織に雇われた「スナイパー」だとする陰謀論が、いまもネット上でくすぶっているのだ。


■誰でも信じる可能性


 あるユーチューバーは自分のチャンネルで、現場近くの商業ビルの屋上に「白いテントがある」と指摘。テントは事件から3時間後になくなっていたことから、小屋は「スナイパー小屋」だったとして、事件直後にテレビ局が上空からヘリコプターで撮影した映像を使いながら説明した。だが、小屋は排煙ダクト清掃のために業者が設置したもので、その日のうちに撤去されていた。


 スナイパー説だけではない。安倍元首相銃撃に関しては「自作自演」「やらせ」といった陰謀論も、事件から1年が経つが渦巻く。一見、荒唐無稽な陰謀論に人々が飛びつくのはなぜか。


 ネットメディア論が専門の国際大学GLOCOMの山口真一准教授は、「陰謀論は誰でも信じる可能性がある」と指摘する。


 今年2月、山口准教授は日本在住の15歳から69歳まで1万3千人を対象に「偽・誤情報、陰謀論の実態と求められる対策」と称する調査研究を行った。その中で「安倍元首相銃撃の真犯人はスナイパー」という陰謀論を見聞きしている人は10.7%いて、そのうち14.3%がスナイパー説は「正しい情報だと思う」と答え、34.3%が「正しいかどうかわからない」と回答した。スナイパー説を知っている人の中で、50%近くが誤っていることに気づいていなかったのだ。


「つまり、陰謀論に接触すると多くの人が、陰謀論だと気づけないという現実があります。しかもSNSが普及したことにより、以前より圧倒的に速く、広く、陰謀論は拡散しやすくなっています」(山口准教授)

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野村昌二

野村昌二

ニュース週刊誌『AERA』記者。格差、貧困、マイノリティの問題を中心に、ときどきサブカルなども書いています。著書に『ぼくたちクルド人』。大切にしたのは、人が幸せに生きる権利。

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