元朝日新聞記者 稲垣えみ子
元朝日新聞記者 稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘア-がトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

【写真】稲垣さんが訪れたスーパーの紙袋

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 人生初アメリカで一番ショックを受けたのが、当地には八百屋だの肉屋だのってのが「ない」ということである。

 むろんアメリカは超広いのでそうじゃないところもあろう。しかし少なくとも「歩いて暮らせる街」ポートランドにおいてをや、そのような店を見つけられなかった。これは大誤算で、というのも私の旅は「普段通りの生活をして現地の人と交流する」ことが目標で、これまでは、その野望達成の拠点は近所の市場や食料品店だった。自炊するためそのような小さな店に通えば、言葉が出来ずとも絶対顔見知りになる。特別な能力などなくとも生活しているだけで知り合いゲット。近所に知り合いがいれば人生はそれだけで明るく確かなものとなる。私の旅は、そのことを確認に行く作業といってもいい。

 ってことで今回もそのような目論見で出かけたら、前述の通りそもそもそんな店がない! ガビーンとなったがもう来ちゃったからどうしようもない。仕方なく大家さんオススメの、歩いて10分ほどの地元密着型スーパーに行く。いやもう絶望よ。いくら地元産の商品が多くともスーパーはスーパー。広い店内をカートを押しポツンと歩いていると、こうして誰とも口をきかずに2週間過ごすのかと暗澹たる気持ちになる。

これがそのスーパーの紙袋。「ありがとうご近所さん、愛してるよ!」と印刷されてた(本人提供)
これがそのスーパーの紙袋。「ありがとうご近所さん、愛してるよ!」と印刷されてた(本人提供)

 だがそうはならなかった。何しろレジの人がやたら親切でフレンドリー。ハーイ調子は?と友達の如き挨拶は当然。マゴマゴ現金を出すとお釣りをわかりやすく数えてくれる。あらブロッコリー買うの? 子供の頃よく食べさせられたわとブロッコリーの歌を披露してくれたオバサンも。まるで一人一芸。最後は必ず「良い一日を!」。すっかり楽しくなり、まとめ買いなどせず毎日リンゴ1個とかチーズ一切れとか買いに行くことが私を支えた。そうこれだけのことで、人は間違いなく生きる気力をもらえるのだ。

 無人レジが増え、現金は機械に入れるよう指示される日本に帰ってきて思う。我らはどこを目指しているのだろう。どのように生きていこうと思っているのだろうか。

◎稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

AERA 2023年5月15日号

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稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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