データ管理で「おいしい」を共有する時代へ(イラスト:サヲリブラウン)
データ管理で「おいしい」を共有する時代へ(イラスト:サヲリブラウン)

 作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニストとして活躍するジェーン・スーさんによるAERA連載「ジェーン・スーの先日、お目に掛かりまして」をお届けします。

 *  *  *

 料理は科学と聞いたことがありますが、どうやらコーヒーもそのようです。

 私の舌では「おいしい」と「そうでもない」くらいしか違いがわからないものの、スペシャリティーコーヒーというのが世の中にはありまして、友人がそれ専門のカフェをやっております。

 当然、焙煎から行うわけですが、これがめちゃめちゃデータに基づいたやり方で私は驚いてしまいました。もっと「職人のカン」というか、熟練工のなせる技のようなものがモノを言うのだと思っていましたから。

 聞けば、そういうジャンルもあるにはあるのだそうです。「豆の声を聴く」とでも言いますか、言語化や定量化ができないものとして取り扱われている場合もなくはない。

 しかし、スペシャリティーコーヒーに携わる若手の多くは焙煎の温度から火力から時間からすべてをデータ管理し、ほんの数秒で味が変わることを数値で認識しているそうな。どうやら、アメリカから始まったサードウェーブコーヒーあたりから、このようにデータを管理するグループが出てきたそうです。

 幸運なことに、私は友人特権で、目の前に並ぶ2種のコーヒーをデータグラフを見ながら味わったことがあります。ひとつは口のなかでパッと南国の花が咲いたような華やかさ。もうひとつはスッキリしてはいるものの、やや味の方向性にぼやけがある。どれほど焙煎に差があるのかとグラフに目をやると、火力の目盛りが少し違うだけで、焙煎時間も温度も同じなのです。こんな僅かな差でここまで味に差がでるなんて!

イラスト:サヲリブラウン
イラスト:サヲリブラウン

 もちろん、生豆は常に同じ状態ではありません。よって、日々データとにらめっこの研究は続く。グラインドを手動で行うか機械で行うかで味が変わるという人もいるそうで、まるで一度足を踏み入れたら抜け出せない沼のよう。

 職人のカンも経験の積み重ねから導き出されるという点ではデータではありますが、記憶にのみ頼るゆえ、過去を振り返って比較検証するには不向き。他者との共有もできませんから、継承や発展のボトルネックになりかねないとも言えます。

 データ頼りになると仕事に面白みが欠ける説はあるものの、思考停止の呼び水になりかねないのはマニュアルの鵜呑みであり、蓄積されたデータは思考を深めるのに必要なのだと思いました。

○じぇーん・すー◆1973年、東京生まれ。日本人。作詞家、ラジオパーソナリティー、コラムニスト。著書多数。『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日文庫)が発売中

AERA 2023年4月17日号

著者プロフィールを見る
ジェーン・スー

ジェーン・スー

(コラムニスト・ラジオパーソナリティ) 1973年東京生まれの日本人。 2021年に『生きるとか死ぬとか父親とか』が、テレビ東京系列で連続ドラマ化され話題に(主演:吉田羊・國村隼/脚本:井土紀州)。 2023年8月現在、毎日新聞やAERA、婦人公論などで数多くの連載を持つ。

ジェーン・スーの記事一覧はこちら